高校2年生1981年頃たまたま手にとった創刊間もない雑誌ブルータスがアメリカ車の特集号で、そのなかにアメリカンカープラモ専門のフィニッシャー(記事内でフィニッシャーとお呼びしていたと思う)として畔蒜さんを紹介する記事があり、その作品に衝撃を受け、その艶やかさにやられてずっと心に残っていました。それがアメリカンカープラモを意識した最初です。なので偏見のようなものはほとんど感じたことはなかったです。アメリカンカープラモの実物をいくつか手にするのはもう少し後になるのですがそのころの私のスキルでは難しかったのか完成には至りませんでした。いつかは挑戦したい気持ちが残っていて今があるのでしょう。
6 months ago