よく、アニメで日常芝居の難しさやそれを可能にする作画品質の高さが取り沙汰されるけど、それらはもちろんだけどそうした日常の「切り取り方」の部分……つまりカットの積み重ねや日常描写の何を映すのか、という演出的(コンテ的?)な感性が光ってた『違国日記』第1話。自分たちも生活ルーチンの中で目にしているアレコレをちゃんと適切に切り取ってくれるから、絵で描かれたキャラも生活空間も「ある」と信じさせてくれるんだなあ。日常芝居を「さあ、作画の見せ場ですよ!」的に演出されるよりもずっと物語に引き込まれる。凄い作画を鑑賞してワァ凄い、というのではなく、本当に彼女らと一緒に生活してるような錯覚を覚えることができる。
add a skeleton here at some point
2 days ago