厨二病的な名付けに不意に出会い感動を味わっているのだが、自分のかつての時を懐かしんだり、(笑)や苦笑、誰かの痛い思い出、黒歴史としては全くとらえてない。
とても詩的で、そこに広がる世界が純粋だからだ。漢字(時に英語やその他の言語)やその意味、その背景、抱える文脈などを駆使してなんとか内側のものを外に変換しようと試みる想像力に満ちたエネルギーの放出である。とてつもなく尊い。
そして、同じ道は通らずともなんとなく理解できる根本には、同じ言語(学習の仕方や日常での使い方などなど)を共有していること。
最近海外に行った影響かもしれないが、その共有が前提にある関係は宝ものでもある。普段は気づかないが。
about 1 month ago