おび
@633mosquito.bsky.social
📤 65
📥 69
📝 675
reposted by
おび
bantowblog
about 4 hours ago
老舗らしい屋号だ。
0
26
6
タミヤのラジコンですか?そりゃもちろんやりましたよ、ええ。ギヤボックスに1枚1枚ギヤを組み込んでセラミックググリス塗って。シャシーできた時点で早速試験走行。いやもう感動です。傍にポルシェ博士がいるようですよこれは。マイバッハエンジンの轟音と主砲、前方機銃の発射音!これぞ陸の王者…… あれ?タイガーフルオペレーションの話しっすよね?
about 2 hours ago
0
11
1
reposted by
おび
ミカンセーキ
about 12 hours ago
1日1ミリ。アルデンヌのシュビムワーゲンのアナザーカット。タイヤは200mm(200-16incn)のワイドタイヤを使用している。キューベルワーゲン用のナロータイヤを装着している車両も多いが、ワイドタイヤが本来の標準仕様。作戦が降雪期で悪路になることを想定しての装備だろうか。1-SS装甲師団所属の偵察車両だが、運転手はアメリカ軍から奪った冬季用防寒ヘルメットをかぶっている。 写真出典 NAID:348309493 アルデンヌ攻勢でドイツ軍側から撮影された写真の多くは、NARAのアーカイブ の”A group of captured German photographs"に保管されている。
2
20
3
reposted by
おび
タツャーナ・ヴラソフ
about 13 hours ago
おはようございます! 木曜日です。 画像はSd.kfz.234/2。 ほぼ真横からのショット。 8輪の装輪装甲車の起源を遡ると、ADGZ装甲車迄行きつく訳ですが、現代の同タイプ車両に繋がる先祖だと考えると、その発想の着眼点に改めて頷くばかりです。 ADGZでさえ最高速度は70km、234に至っては80kmと当時としてはかなりの高速走行可能な車両でした。
1
8
4
reposted by
おび
ミカンセーキ
about 12 hours ago
ポトー村での迎撃戦、ハンセン戦闘団のSS兵士たち。有名な写真であるが、全てNARA(アメリカ国立公文書館)のアーカイブ の”A group of captured German photographs"に収録。 ドイツ軍のカメラマンが捕虜になったのか、終戦時にフィムルが流出したのか経緯は不明。 弾帯を肩からかけた兵士はアメリカ軍のポンチョを着ている。冬季戦の装備が不足していて、奪った防寒着や靴を履いていた兵士も多かった。パイパー戦闘団がマルメディで米軍捕虜を虐殺した事件やスコルツェニーの偽装米軍への警戒から、ドイツ軍兵士が米軍装備を身につけたまま投降した場合は射殺されることもあったという。
1
15
4
reposted by
おび
イカノボシ
about 22 hours ago
マニュアルにもラッチレバーを解除するとバネの力でハッチが持ち上がると記載されていますね。動画の8:57から車内で副操縦手ハッチを開ける操作をしています。ラッチレバーを解除し、右手でヒンジレバーを操作しながら左手でハッチを下から押し上げています。ハッチは軽い力で動くようですね。
youtu.be/VNTVp9z0YHE
1
3
2
とりあえず引っ張り出す
2 days ago
0
8
1
35391、そうですかそう来ましたか🥹
2 days ago
0
9
3
reposted by
おび
ミカンセーキ
4 days ago
1日1ミリ。フランツ・グラッサーのロシア。1943年、クルスク戦、プロホロフカ南西40km ルチキ南郊のポクロフカ村(Покровка)付近。野に咲く花に埋もれるT-34/76は42年型といわれる六角砲塔(ハードエッジ)砲塔側面には手すりのついた183工場製だろうか。車体と砲塔の白変は被弾炎上によるものだろう。 この写真も元はカラーフィルムだったのだろうか。
2
15
4
reposted by
おび
ミカンセーキ
4 days ago
植栽警察のほうから来ました! アンツィオで見かける針葉樹はイタリアンサイプレス、いわゆる糸杉の類。ゴッホの絵によく生えてるやつです。
1
6
3
reposted by
おび
ミカンセーキ
5 days ago
1日1ミリ。フランツ・グラッサーのロシア。1943年7月。クルスク戦のプロホロフカ南郊で撮影されたティーガー 931号車。9XXのナンバリングから3-SS トーテンコープ師団の所属と分かる。砲塔の発煙弾発射器がない43年6月生産車で、ほぼ新品の状態で前線に投入されたようだ。 クルスク周辺は侵食台地で平原と渓谷が入り組んだ地形。ティーガーも敵の砲火に晒される稜線を避けて谷間に姿を隠すように待機したところを写真にうまく捉えている。小雨でも降った後なのか道はぬかるみ、シートが砲身にかけてある。
2
19
3
reposted by
おび
ミカンセーキ
7 days ago
1日1ミリ。フランツ・グラッサーのロシア。 草原に1台のT-34/76。ピロシキ型の砲塔と車体の特徴からクラースノエ・ソルモヴォ第112工場1943年4月製造と思われるので、写真は1943年の初夏、ベルゴロド方面、クルスク戦が始まる少し前の頃だろうか。 車両を中心から外した構図は写真家の撮り方。どこまでも続く大地と空が綺麗で思わずシャッターを切ったのだろうと想像できる。白黒の写真だが、これもカラーフィルムだったのだろうか。
1
23
6
reposted by
おび
タツャーナ・ヴラソフ
7 days ago
【戦域拡大か?】 ドイツ軍戦車の写真集から始まったPanzerwrecksでしたが、とうとう、連合軍車両に取り組み始めましたね。 28が英軍。チャーチルとクロムウェル、シャーマンICからVCまでほぼ網羅する感じ。
www.panzerwrecks.com/product/panz...
29が米軍。共著者にDavid Doyleが名を連ねてるので推して知るべしな内容。
www.panzerwrecks.com/product/panz...
期待したいですねぇ。
3
13
4
reposted by
おび
イカノボシ
7 days ago
M36は60輌余り、M36B1は7輌の現存が確認されていますが、その内の約50輌が旧ユーゴスラビア軍車輛です。米軍は2000年にクロアチアからM36とM36B1を各1輌ずつ、1輌当たり14,000ドルで買い戻しています。当時は米国内にもM36は極少数しか残っていなかったようです。旧ユーゴ軍車輛はT-55用エンジンへの換装に伴い、車体後部が改造されているので、大戦当時のままの車輛が如何に稀少な存在か分かると思います(朝鮮戦争当時の仕様である日本の2輌も稀少)。T71で極初期のストレート型砲身のままの個体は現存しておらず、それだけにオーストリアの個体の砲身が切断されてしまったことは一大痛恨事です。
1
10
4
reposted by
おび
イカノボシ
10 days ago
1984年夏にザルツブルクのヴォルフガング湖から引き揚げられたT71/M36。元第776戦車駆逐大隊所属車輛で、1945年9月18日、移動中に急勾配の狭い道で履帯が破損し、湖に転落。水深約60mの湖底に沈んでいた個体。1979年11月に米軍潜水士が車内から操縦手の遺骨を発見。主砲はバート・テルツの米第10特殊部隊グループが水中で切断したと伝えられていますが、失われた部分は行方不明(湖底に沈んだまま?)。復元された砲身は途中から継ぎ足されており、ネジ山保護リングも含め、模造品のようです。1945年にオーストリアで撮影された同大隊のT71/M36は極初期のストレート型砲身を装備しています。
1
14
4
reposted by
おび
ミカンセーキ
9 days ago
1日1ミリ。1942年の夏、藁葺き屋根に漆喰を塗った土壁の民家はウクライナ南部からロシア南部の穀倉地帯によく見られる。4軒ある集落の真ん中の壁のない藁屋根だけの家のように見えるものは何だろうか。周囲に森の少ない地域なので焚き付けの薪の代わりに麦藁を貯めて燃料にしているのだろうか。 ドイツ軍の車両はMarderII D。昨日の写真と同じ木箱を車体後部に増設している。この写真もスターリングラード戦線と思われる。
1
20
4
reposted by
おび
タツャーナ・ヴラソフ
9 days ago
おはようございます。 水曜日です。 まだ本調子ではございません。この歳になると、回復力も低下しますねぇ。 今朝も画像はパンターです。 キューポラ形状、操縦手クラッペから、これも昨日に続くAusf.Aと思われます。もちろんコーティングも施してあるようですが、パターンの読取が困難です。格子に斜め線の入ったヤツでしょうか? これだけの数の貨車輸送中の情景には憧れますよね。でも実際にやると、結構間延びして悩ましかったりするようです。
1
11
3
reposted by
おび
夜桜ハイボール
11 days ago
なんということだ! 我々はシウマイ弁当を摂取しなければ生きていけないというのに。
0
3
1
シウマイ弁当がまた値上げかっ!! そんなはなしは聞きたくないっ!!
11 days ago
1
9
1
reposted by
おび
イカノボシ
11 days ago
M4A1(76)Wの生産4号車(1944年1月生産車)。実際の登録番号は3070500。ユニオン・スチール・キャスティング製D82081砲塔側面のシリアル番号も34という非常に若い数字で、後部ベンチレーターは未装備。ゼネラル・スチール・キャスティング製鋳造車体の側面には乾式弾庫車体のような増厚部(増加装甲を一体鋳造にしたもの)の痕跡が残っています。これは大型ハッチM4A1(75)で使用した鋳型を改修した跡と推察します。タミヤにはこの車輛を取材して欲しいです。
add a skeleton here at some point
0
16
6
アルバート・R・ブロッコリってほんとにブロッコリーを扱ってた一家の末裔なんだって。 ナイトスクープでどうしてもブロッコリーと言えないおばあちゃんのおかげで未だに心の中では「ブッコロリ」に変換される…
12 days ago
0
4
0
reposted by
おび
イカノボシ
16 days ago
1945年3月15日、ドイツ・シリンゲンでのM36(フォード製M10A1車体)。第774戦車駆逐大隊所属車輛。タミヤの箱絵の元になった個体。 牽引ラグに帯板状の足掛けを溶接した標準仕様のシャープノーズを装備。フォード製M10A1は1943年9月に生産を終了したため、大部分はダルノーズを装備していた筈です。フォードが9月15日に完成させた最後のM4A3は足掛けを一体化した初期仕様のシャープノーズを装備しており、標準仕様のシャープノーズを装備した個体は特に少なかったものと推察します。タミヤが取材したM36の内、土浦の個体は初期仕様のシャープノーズ、国内民間所有の個体はダルノーズを装備しています。
1
14
4
reposted by
おび
ミカンセーキ
12 days ago
1日1ミリ。昨日のM10のアナザーカット。遺棄されたM10後期型をドイツ兵が物色しているところに部隊の指揮車両Sdkfz.251/3が通りがかった..そんなシーンになる。時系列的にはこれが最初になるのか。
2
16
4
reposted by
おび
イカノボシ
13 days ago
第二次世界大戦中の写真と表示されていますが、実際には現代の写真です。手前の車輛は1944年生産のM36で、大戦後に装甲屋根を追加し、主砲をボア・エバキュエーター用ガスポート付きのM3A1又はM3A2砲に換装したものと推察します。M36系用の装甲屋根は1945年5月生産車から導入されたため、大戦中の戦場写真では見られません(現地製作の屋根を追加している例は有り)。ガスポート付きの主砲は1950年代初頭に導入されました。
0
11
4
最近どう? どうもこうもおまえは? て、なる
14 days ago
0
3
0
reposted by
おび
ミカンセーキ
15 days ago
1日1ミリ。 ”Destroyed_M10_Tank_Destroyer” 1945年1月6日 昨日の写真と同じく、バストーニュ南郊リヴァールシャン(Livarchamps)付近にて地雷を踏んだ第654戦車駆逐大隊所属のM10。砲塔後部カウンターウェイトの形状から中期型車両になる。 パットン将軍の第 3 軍、第 35 歩兵師団「サンタフェ」がバストーニュ救出で街道を北上する途中で12月30日に側面よりドイツ軍1SSより攻撃を受けている。エンジンルーム周りに積もった雪は車両が放棄されて車体が冷えた後のものと思われ、年末から年明けにかけてバストーニュ一帯に雪が降ったことが想像される。
2
21
5
reposted by
おび
ミカンセーキ
18 days ago
やばい。面白すぎる
0
19
2
reposted by
おび
ミカンセーキ
19 days ago
1日1ミリ。バルジの戦いで5両作られたという偽装車両”Ersatz M10" のB-10号車は1944年12月21の戦闘中にカフェ( Café Du Rocher de Falize)に突っ込んでしまい放棄された。 アルデンヌ攻勢の後方撹乱「グライフ作戦」では特殊任務のための英語が堪能な兵士150人が集められ米軍の制服と装備が支給された。英語が話せるといっても、スラングまで理解できた兵士はわずかに10人で、英語の慣用句やアメリカ人の癖、タバコの吸い方の学習の周知が行われたが、連合軍兵士に話しかけられた場合は酒が入ってるなどうまくごまかして逃げるよう指示されていたという。
3
27
6
reposted by
おび
ミカンセーキ
20 days ago
1日1ミリ。アルデンヌ、マルメディ付近で発見されたドイツ軍の偽装戦車”Ersatz M10 " Panther。1944年12月のアルデンヌ方面での奇襲攻撃に準備された偽装車両で、パンター戦車の周囲を鉄板(砲塔:3/22inch(3.46 mm)、車体側面:9/64inch(9.57 mm)で囲いアメリカ軍のM10戦車駆逐車に模している。このような偽M10が5両ほど制作され、B-4、B-5、B-7、B-10の4両の写真が残る。 背後の建物にはフランス語で「CHEVROLET VOITURES CAMIONS Distributeur ..」とシボレーのディーラーの看板が描かれている。
2
26
7
reposted by
おび
イカノボシ
21 days ago
現存するM4A4にも似たような痕跡が残っていますが、これは恐らく履帯を溶接していた跡だと思います。
0
9
6
reposted by
おび
ミカンセーキ
22 days ago
アスカのシャーマンV(M4A4)は側面の前面装甲の溶接ラインが金型の都合で省略されてるので、筋彫り+伸ばしランナー埋め込みで再現する。ドイツ軍のそれとは違う溶接のタッチをどう表現するか思案中。 アップリケアーマーが車体についてるとき、砲塔にもあるのかないのか、このあたりのルールが今ひとつ掴めない。カナダ軍のシャーマンの砲塔に巻いた予備履帯の下にアップリケアーマーのあるやなしや。喫緊の課題。
3
20
4
寒川神社 おとといのね なぜかこの上だけ雲がない
22 days ago
0
6
0
reposted by
おび
ミカンセーキ
22 days ago
1日1ミリ。昨日の星のマークをつけたIII号突撃砲はドイツ軍がアルデンヌで奇襲をかけるために用意した特殊部隊の偽装戦車”Ersatz StuG/M7"だった。 グライフ作戦の偽装戦車はパンター戦車に鉄板を貼り付けてアメリカ軍のM10戦車駆逐車に模したものが有名だが、マルメディ近郊のジェロモンで発見された2両のErsatz StuG/M7は側面に鉄板を貼り付けてシルエットをわずかに変えただけの代物で、正直いってまったくM7には見えない。 偽装としては米軍が運用している車両に見えればいいので、正確に模すというよりオリーブドラブ色の車両に星のマークがついていることが重要だったのかもしれない。
4
21
5
reposted by
おび
しゃーまん にわ
23 days ago
手元に見本誌が届いたので。 アシェットさんの「チャーチルMk.Ⅶをつくる」封入パンフレットの「歩兵戦車チャーチルの世界」(奇数号掲載)の執筆担当しております。約二年の長丁場ですが頑張りますです。
1
35
12
今年の大河はアニメーションかと思ったわ
25 days ago
0
0
0
「お前の前にいるのは千年以上生きた魔法使いだ」 て感じかもスリーパー
#アメリカンカープラモ
26 days ago
0
3
0
reposted by
おび
イカノボシ
27 days ago
M36戦車駆逐車の仕様をまとめました。
m4sherman.ari-jigoku.com/m36.htm
loading . . .
M36戦車駆逐車の仕様
https://m4sherman.ari-jigoku.com/m36.htm
0
13
8
reposted by
おび
イカノボシ
28 days ago
朝鮮戦争時のM4A3(76)W HVSS。1951年4月撮影。 車体側面の予備起動輪、砲塔側面の予備転輪(ホルダーのみ残っている状態)は東京兵器補給廠で整備された車輛の特徴。この個体はディファレンシャルカバーが通常のシャープノーズから旧式のダルノーズに交換されており、M4A3(76)Wでは非常に珍しいです。
0
12
3
元旦恒例、ヘンポンと翻る日章旗 最近は公的機関(バスのヘッドとかも)を除いてほとんど見ないのです。 旗日って、教わらないんかな。
28 days ago
0
5
0
す…スミを流すところぉ?
#バントウスペース
30 days ago
0
2
0
マルシン8ミリガーランド ようやくスリングを取り付けた この構造を1/35で、しかも鉛板とかで自作するのはかなり厄介。
about 1 month ago
0
5
1
reposted by
おび
RG Poulussen
about 1 month ago
So cute.
#WW2
#HISTORY
loading . . .
0
59
9
reposted by
おび
ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。1944年6月6日ノルマンディ上陸作戦。オマハビーチに接近するLCVP上陸用舟艇。アメリカ陸軍の記録部隊(Signal Corps) が撮影したものだが、写真のアスペクト比が3:2なので4×5のスピードグラフィックではなく35mmカメラで撮影したものと思われる。 海岸には先行部隊の車両、Ford GPA水陸両用ジープや渡渉用シュノーケル装備のシャーマン戦車も見える。丘の上のドイツ軍トーチカも制圧された頃合いだろうか。波打ち際に張りついてた兵士たちはすでに先に進んでいる。丘の稜線を見るとそこそこの高度差があったことがわかる。 NAID:176888694
2
20
3
reposted by
おび
ミカンセーキ
about 1 month ago
写真を拡大してみる。写真の解像度から見ても4×5ではなく35mmで撮ったものだろう。上陸用ランプのシールド、兵士の肩あたりに NO SMOKING の注意書きが読み取れる。 装甲板の質感、雰囲気にどことなくドイツ軍車両のそれを感じるのはこの写真がSignalCorps標準の4×5ではなくドイツ軍PK部隊のライカで撮られた35mm写真のフィルムグレインと同じものを感じるからだろう。つまるところ、記録写真から受け取るリアルさの感覚は写真の質感でもあった。 今年の1日1ミリは年内これで終わり。年明け4日から再開します
1
16
3
reposted by
おび
ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。ノルマンディ上陸作戦の1944年6月6日の当日、ロバート・キャパの他にも陸軍公式記録部隊(Signal Corps)の隊員も当然に撮影はしているが、 上陸のまさにその瞬間を撮影した写真は思いのほか少ない。この写真はアメリカ沿岸警備隊(USCG)のカメラマン、ロバート・F・サージェントがオマハビーチの上陸用舟艇の上から撮影している。これも4×5のスピードグラフィックで撮ったものと思われる。大判カメラの機構上、波間で膝まで水に浸かりながら連写するのは難しく、船の上か上陸後に砂浜で撮影したものに限られてくる。 NAID:205578425
2
27
10
今年のケーキ
about 1 month ago
1
12
1
reposted by
おび
ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。1941年8月。デトロイト近郊、ミシガン州ウォーレンのクライスラー戦車工場に並ぶ組立途中のM-3戦車。自動車製造のノウハウを生かした3レーンの生産ラインと天井の重量用ガントリークレーン。撮影は昨日に続き、アメリカ戦争情報局(OWI)カメラマンのアルフレッド・パーマー。 4×5インチの大判フィルムの情報量は圧倒的だ。35mmフィルムの写真が5000万画素(Ex.SONY α1)だとすると4×5フィルムはその13倍、6億5000万画素に相当する。
2
28
8
reposted by
おび
イカノボシ
about 1 month ago
デフモデルのタミヤM36用金属砲身3種を入手。 「初期型」はT71の試作車や極初期のフィッシャー製T71が装備したストレート型砲身。 「中期型1」はマズルブレーキ装着用のネジ山加工が施された砲身ですが、マズルブレーキの生産が間に合わず、代わりにネジ山保護リングを装着しています。初期のネジ山保護リングは先端まで同径でした。 「中期型2」は先端の径が小さくなった後期のネジ山保護リング付きの砲身。恐らく軽量化のための改良と推察します。 結局、マズルブレーキは1945年5月から生産工場で導入され、前線で追加されることも無かったため、大戦中に実戦配備されたM36には間に合いませんでした。
0
8
3
横浜中華街 戦車模型を愛でながらの円卓中華
about 1 month ago
0
11
1
reposted by
おび
タツャーナ・ヴラソフ
about 1 month ago
【直接納品に…🤗】 本日は、横浜中華街で同好の士の集まる忘年会があるため、朝から新幹線🚄で向かっておるところです。 長々と取り組んでまいりましたT34は、昨晩やっとこさ仕上がりまして、コレを依頼主に納品することも兼ねて向かっております。 元のキットはAFVクラブの1/35 T34/76 112工場製42年型です。 制作にあたっては、クラッシュシーンで使いたいという依頼に基づき、数百枚のKnocked out T34画像を観察。あまりバラバラに破壊すると訳わからなくなるので、被弾により燃料(軽油)が燃えて煤だらけになり、遺棄された車両として仕上げました。
#histscalemodels
1
25
6
Load more
feeds!
log in