イカノボシ
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AFV模型/M4シャーマン戦車 Posfie
https://posfie.com/@ikanoboshi
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M36戦車駆逐車の仕様をまとめました。
m4sherman.ari-jigoku.com/m36.htm
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M36戦車駆逐車の仕様
https://m4sherman.ari-jigoku.com/m36.htm
27 days ago
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車体下部に浮航装置取付用アダプター無し、主砲はカラー付きの航空機用T13E1/M5砲。後部収納箱はパンチングメッシュ製の一般的なもの。イタレリよりも初期の仕様ですが、ついにM24の決定版が来たという印象。ヨーロッパ戦線仕様ということは戦後仕様も期待出来そうですね。
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2 days ago
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朝鮮戦争時のモントリオール・ロコモーティブ製M36(E9仕様)。M36B2と記載している資料もありますが、前照灯基部が裾の広い鋳造品なので、フォード製M10A1車体です。M36B2はフィッシャー製M10車体なので、前照灯基部は単純な円筒型です。フォード製M10A1の車体前面アンテナブラケットは右前照灯の真上(初期位置)に付いているのが一般的ですが、この個体は右上部の角(後期位置)に付いています。これはMLWで後付けされたためと推察します。1945年にはM10A1の在庫が枯渇したため、MLWには従来M36への改修に回されていなかった車体前面アンテナブラケット未装備の初期生産車も供給されています。
2 days ago
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イカノボシ
タツャーナ・ヴラソフ
7 days ago
【戦域拡大か?】 ドイツ軍戦車の写真集から始まったPanzerwrecksでしたが、とうとう、連合軍車両に取り組み始めましたね。 28が英軍。チャーチルとクロムウェル、シャーマンICからVCまでほぼ網羅する感じ。
www.panzerwrecks.com/product/panz...
29が米軍。共著者にDavid Doyleが名を連ねてるので推して知るべしな内容。
www.panzerwrecks.com/product/panz...
期待したいですねぇ。
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1984年夏にザルツブルクのヴォルフガング湖から引き揚げられたT71/M36。元第776戦車駆逐大隊所属車輛で、1945年9月18日、移動中に急勾配の狭い道で履帯が破損し、湖に転落。水深約60mの湖底に沈んでいた個体。1979年11月に米軍潜水士が車内から操縦手の遺骨を発見。主砲はバート・テルツの米第10特殊部隊グループが水中で切断したと伝えられていますが、失われた部分は行方不明(湖底に沈んだまま?)。復元された砲身は途中から継ぎ足されており、ネジ山保護リングも含め、模造品のようです。1945年にオーストリアで撮影された同大隊のT71/M36は極初期のストレート型砲身を装備しています。
11 days ago
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M4A1(76)Wの生産4号車(1944年1月生産車)。実際の登録番号は3070500。ユニオン・スチール・キャスティング製D82081砲塔側面のシリアル番号も34という非常に若い数字で、後部ベンチレーターは未装備。ゼネラル・スチール・キャスティング製鋳造車体の側面には乾式弾庫車体のような増厚部(増加装甲を一体鋳造にしたもの)の痕跡が残っています。これは大型ハッチM4A1(75)で使用した鋳型を改修した跡と推察します。タミヤにはこの車輛を取材して欲しいです。
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11 days ago
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イカノボシ
ミカンセーキ
13 days ago
1日1ミリ。昨日のM10のアナザーカット。遺棄されたM10後期型をドイツ兵が物色しているところに部隊の指揮車両Sdkfz.251/3が通りがかった..そんなシーンになる。時系列的にはこれが最初になるのか。
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第二次世界大戦中の写真と表示されていますが、実際には現代の写真です。手前の車輛は1944年生産のM36で、大戦後に装甲屋根を追加し、主砲をボア・エバキュエーター用ガスポート付きのM3A1又はM3A2砲に換装したものと推察します。M36系用の装甲屋根は1945年5月生産車から導入されたため、大戦中の戦場写真では見られません(現地製作の屋根を追加している例は有り)。ガスポート付きの主砲は1950年代初頭に導入されました。
14 days ago
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イカノボシ
PANZERWORKS
14 days ago
MSmodelsさん取扱 MASTER[GM-35-100]1/35 WWII アメリカ M36ジャクソン駆逐戦車 90mm M3砲身(タミヤ用) [ご注文締切日 2月6日(金)4月入荷予定] これ良さそうですね どうでしょう?
www.msmodelswebshop.jp/product/52322
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イカノボシ
ミカンセーキ
14 days ago
1日1ミリ。ドイツ軍第116装甲師団”Windhunde(グレイハウンド)のマーキングをつけたsdkfz.251/3 (D 型)と後方には遺棄されたアメリカ軍の M10(後期型)。 アルデンヌ攻勢のザンクト・フィート(Sankt Vith)とキャプションがつく写真だが、同師団16装甲連隊はザンクト・フィートの南側のルートで12月21日にオットン(Hotton)まで進出していることから、その近郊ということになるのだろうか。 M10はエンジンデッキには荷物ラックが増設、車体側面にワイヤーを貼ってカムフラージュ用の小枝を引っ掛けている。
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ウィーン軍事史博物館に現存するT71/M36。 1945年9月11日、移動中に左側履帯が破損し、ザルツブルクのヴォルフガング湖に転落。操縦手は死亡。1983年にオーストリア軍によって湖から引き揚げられた車輛とのこと。引き揚げ時の写真から主砲が途中で切断されていることが判ります。主砲トラベルロック本体は失われていますが、車体後面に取付基部は残っています。M36は大戦後に西側諸国に供与されたため、現存車輛の殆どが戦後改修を施されており、大戦当時のままの仕様を留めている個体は極めて貴重です。初期仕様のシャープノーズや斜めに持ち上がった後期型のリターンローラーアームを装備していることも興味深いです。
14 days ago
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イカノボシ
ミカンセーキ
15 days ago
1日1ミリ。1945年1月20日というとバルジの戦いもほぼ趨勢が決まった頃、場所はクルティル(Courtil)。バストーニュとザンクトヴィートの間の国境の森林地帯になる。会敵の心配もないのか森の中で(おそらく)食事をとる兵士たち、傍にCレーションと思われる空き箱。M10は砲塔後部が切り立ってカウンターウェイトの下部がえぐれていることから後期型と判断できる。オープントップの砲塔上部に周囲が少し立ち上がってみえるのは、なにか仮設の天蓋でも作ってあるのだろうか。
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イカノボシ
ミカンセーキ
16 days ago
1日1ミリ。 ”Destroyed_M10_Tank_Destroyer” 1945年1月6日 昨日の写真と同じく、バストーニュ南郊リヴァールシャン(Livarchamps)付近にて地雷を踏んだ第654戦車駆逐大隊所属のM10。砲塔後部カウンターウェイトの形状から中期型車両になる。 パットン将軍の第 3 軍、第 35 歩兵師団「サンタフェ」がバストーニュ救出で街道を北上する途中で12月30日に側面よりドイツ軍1SSより攻撃を受けている。エンジンルーム周りに積もった雪は車両が放棄されて車体が冷えた後のものと思われ、年末から年明けにかけてバストーニュ一帯に雪が降ったことが想像される。
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1945年3月15日、ドイツ・シリンゲンでのM36(フォード製M10A1車体)。第774戦車駆逐大隊所属車輛。タミヤの箱絵の元になった個体。 牽引ラグに帯板状の足掛けを溶接した標準仕様のシャープノーズを装備。フォード製M10A1は1943年9月に生産を終了したため、大部分はダルノーズを装備していた筈です。フォードが9月15日に完成させた最後のM4A3は足掛けを一体化した初期仕様のシャープノーズを装備しており、標準仕様のシャープノーズを装備した個体は特に少なかったものと推察します。タミヤが取材したM36の内、土浦の個体は初期仕様のシャープノーズ、国内民間所有の個体はダルノーズを装備しています。
16 days ago
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イカノボシ
ミカンセーキ
17 days ago
1日1ミリ。ホンモノのM10。1945年1月、バストーニュの南のリヴァールシャン(Livarchamps)で破壊された第454戦車駆逐大隊所属車両。砲塔後部に突出する三角形のカウンターウェイトを失って、いつもと違うシルエットになっているため、どこかドイツ軍が作った偽M10のような雰囲気を漂わせる。
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イカノボシ
ミカンセーキ
18 days ago
1日1ミリ。”ErsatzM10” Panther のB-4号車。マルメディからファリーズ(Falize)に続く街道の鉄道堤を越えたところで地雷により停止。アルデンヌ攻勢のグライフ作戦では5両の偽M10 が用意されたとされるが残るもう一両の写真と消息は不明。 偽装作戦は早期に露呈したものの、米軍内で「偽のアメリカ兵」の噂が広がり友軍誤射や検問でモントゴメリーをスパイと間違え拘束するなど混乱も起きていた。米軍の制服を着て破壊活動を行い捕虜となった16名のドイツ兵は銃殺刑となる。 作戦を指揮したスコルツェニーは戦後に裁判を受けるが指示系統の証拠不全で無罪釈放されている。
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イカノボシ
ミカンセーキ
19 days ago
1日1ミリ。"Ersatz M10"Panther B-5号車。マルメディの製紙工場付近で撃破される。M10にみせるためにマズルブレーキが黒く塗られている。パンターに鉄板を貼り付けたハリボテとはいえ防盾周りの3次元的な細工など現場での即興仕事ではなく加工設備をそなえた工場で周到に準備されたものであったことが伺える。 偽装(便衣兵)はスパイ行為として捕虜になれば銃殺対象になるが、この乗員達はどうだったのだろう。米兵のタンクユニフォームだったのか、その下にドイツ軍パンツァージャケットを着ていたのか。映画『鷲は舞い降りた』で自分たちの誇りとしてリスク承知で自軍の制服を下に着込んでいたことを思い出す。
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イカノボシ
ミカンセーキ
20 days ago
1日1ミリ。バルジの戦いで5両作られたという偽装車両”Ersatz M10" のB-10号車は1944年12月21の戦闘中にカフェ( Café Du Rocher de Falize)に突っ込んでしまい放棄された。 アルデンヌ攻勢の後方撹乱「グライフ作戦」では特殊任務のための英語が堪能な兵士150人が集められ米軍の制服と装備が支給された。英語が話せるといっても、スラングまで理解できた兵士はわずかに10人で、英語の慣用句やアメリカ人の癖、タバコの吸い方の学習の周知が行われたが、連合軍兵士に話しかけられた場合は酒が入ってるなどうまくごまかして逃げるよう指示されていたという。
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イカノボシ
ミカンセーキ
21 days ago
1日1ミリ。アルデンヌ、マルメディ付近で発見されたドイツ軍の偽装戦車”Ersatz M10 " Panther。1944年12月のアルデンヌ方面での奇襲攻撃に準備された偽装車両で、パンター戦車の周囲を鉄板(砲塔:3/22inch(3.46 mm)、車体側面:9/64inch(9.57 mm)で囲いアメリカ軍のM10戦車駆逐車に模している。このような偽M10が5両ほど制作され、B-4、B-5、B-7、B-10の4両の写真が残る。 背後の建物にはフランス語で「CHEVROLET VOITURES CAMIONS Distributeur ..」とシボレーのディーラーの看板が描かれている。
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イカノボシ
ミカンセーキ
22 days ago
1日1ミリ。バルジの戦いでアメリカ軍に鹵獲使用されるIII号突撃砲のよく知られた写真。ツィメリットコーティング、トラベルクランプ、リモコン機銃装備の44年7-8月生産車にIII号突撃砲のウィークポイントになる戦闘室上面にコンクリートを現場で盛っている。 これに全体をオリーブドラブ色に塗り替えて星のマーキングを描いたのはアメリカ軍...なのか、はたまたドイツ軍なのか? これも”Ersatz M7/Stug”と同様の米軍部隊に偽装した車両だったのではないか。
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イカノボシ
ミカンセーキ
22 days ago
メモ:カナダ軍のフォトアーカイブのアクセス方法
recherche-collection-search.bac-lac.gc.ca/eng/Home/Res...
ライブラリーのアルバムから写真のコンタクトシートをダウンロード。気になる写真の番号、たとえば右下の写真なら縁に書かれている42037という番号を”army numerical 42037”とサーチエンジンに入力する。
recherche-collection-search.bac-lac.gc.ca/eng/home/res...
デジタル化されている写真はライブラリーの一部だが、写真の前後の関係がわかると情報は奥行きが増す。
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イカノボシ
ミカンセーキ
23 days ago
1日1ミリ。昨日の星のマークをつけたIII号突撃砲はドイツ軍がアルデンヌで奇襲をかけるために用意した特殊部隊の偽装戦車”Ersatz StuG/M7"だった。 グライフ作戦の偽装戦車はパンター戦車に鉄板を貼り付けてアメリカ軍のM10戦車駆逐車に模したものが有名だが、マルメディ近郊のジェロモンで発見された2両のErsatz StuG/M7は側面に鉄板を貼り付けてシルエットをわずかに変えただけの代物で、正直いってまったくM7には見えない。 偽装としては米軍が運用している車両に見えればいいので、正確に模すというよりオリーブドラブ色の車両に星のマークがついていることが重要だったのかもしれない。
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イカノボシ
しゃーまん にわ
23 days ago
手元に見本誌が届いたので。 アシェットさんの「チャーチルMk.Ⅶをつくる」封入パンフレットの「歩兵戦車チャーチルの世界」(奇数号掲載)の執筆担当しております。約二年の長丁場ですが頑張りますです。
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ミカンセーキ
24 days ago
1日1ミリ。バルジの戦いでアメリカ軍に鹵獲されたIII号突撃砲。マルメディ近郊のジェロモン(Géromont)での撮影。オリジナルキャプションでは「第30歩兵師団の工兵がドイツ軍戦車のブービートラップを撤去する」とあるが、星のマークを3ヶ所もペイントするなど、アメリカ軍で運用中の車両にも思える。 NAID: 219776880 II号突撃砲はトラベリングクランプ、円形のマズルブレーキから44年秋以降の生産車両と思われるが、この時期に一般的な輪郭の明瞭な3色迷彩ではなく、ダークイエロー単色+冬季迷彩のように見える。(という印象はおそらく写真の罠)
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イカノボシ
ミカンセーキ
25 days ago
1日1ミリ。バルジの戦いでアメリカ軍に鹵獲使用されるドイツ軍のハーフトラックSdkfz.251/D。 車体側面の三角のラックに突撃橋を積む工兵用Sd.Kfz.251/7のようだ。バルジの戦いの頃、アメリカ軍が鹵獲車両に星のマークをつけて使っている事例をよく見かけるが、冬季の悪路でこの類の装軌車両が移動の足として重宝されたということかもしれない。積雪状況を見ると1945年の1月下旬。NAID:219776883 道端の電柱の(コンクリートなのかは不明だが)軽め穴の空いた形状はフランスの電柱とも共通する。ベルギーはドイツではなくフランスの電力網に入ってるのだろうか。
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タミヤも「Tank Destroyer Battalion」を「戦車駆逐大隊」と訳しているのに、「Tank Destroyer」が「駆逐戦車」なのは苦しいと思うのですが、既存のキットとの統一性を考慮するとなかなか変えられないということなのでしょうね。
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25 days ago
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詳細不明ながら足回りを損傷し、砲塔や車体ハッチが外れたM36。 フィッシャー製M10A1車体で、ディファレンシャルカバー中央前端部にコの字型の足掛け付き。この足掛けはM10系特有の装備ですが、生産末期に廃止されています。シャープノーズは左右の牽引ラグに足掛けが付いているので、それで事足りるという判断でしょう。フィッシャーが自社で改修した300輌のT71/M36は、最終生産分のM10A1車体を使用したため、コの字型の足掛けは付いていません。砲塔には強化された砲架トラベルロックを備えたM4A1砲架を搭載しています。従って、このM36はマッセイ・ハリス又はALCOで改修された個体と推察します。
26 days ago
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M36戦車駆逐車の仕様をまとめました。
m4sherman.ari-jigoku.com/m36.htm
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M36戦車駆逐車の仕様
https://m4sherman.ari-jigoku.com/m36.htm
27 days ago
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朝鮮戦争時のM4A3(76)W HVSS。1951年4月撮影。 車体側面の予備起動輪、砲塔側面の予備転輪(ホルダーのみ残っている状態)は東京兵器補給廠で整備された車輛の特徴。この個体はディファレンシャルカバーが通常のシャープノーズから旧式のダルノーズに交換されており、M4A3(76)Wでは非常に珍しいです。
28 days ago
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ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。1944年6月6日ノルマンディ上陸作戦。オマハビーチに接近するLCVP上陸用舟艇。アメリカ陸軍の記録部隊(Signal Corps) が撮影したものだが、写真のアスペクト比が3:2なので4×5のスピードグラフィックではなく35mmカメラで撮影したものと思われる。 海岸には先行部隊の車両、Ford GPA水陸両用ジープや渡渉用シュノーケル装備のシャーマン戦車も見える。丘の上のドイツ軍トーチカも制圧された頃合いだろうか。波打ち際に張りついてた兵士たちはすでに先に進んでいる。丘の稜線を見るとそこそこの高度差があったことがわかる。 NAID:176888694
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ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。ノルマンディ上陸作戦の1944年6月6日の当日、ロバート・キャパの他にも陸軍公式記録部隊(Signal Corps)の隊員も当然に撮影はしているが、 上陸のまさにその瞬間を撮影した写真は思いのほか少ない。この写真はアメリカ沿岸警備隊(USCG)のカメラマン、ロバート・F・サージェントがオマハビーチの上陸用舟艇の上から撮影している。これも4×5のスピードグラフィックで撮ったものと思われる。大判カメラの機構上、波間で膝まで水に浸かりながら連写するのは難しく、船の上か上陸後に砂浜で撮影したものに限られてくる。 NAID:205578425
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ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。LIFE誌1944年6月19日号にノルマンディ上陸を伝えるロバート・キャパの写真が掲載されている。6月6日の上陸作戦の日、Bloody Omahaとも呼ばれた激戦区オマハ・ビーチでキャパはContaxIIの35mmフィルム(Kodak Super-XX/ISO100程度)で106枚の写真を撮影、8日9時の入稿締め切りに間に合わせるべくキャパは海岸を後にロンドンまで戻り現像を託すが、暗室の事故でフィルムの大半は溶解する。わずかに回収できた写真がLIFE誌に掲載され、”Magnificent 11”と呼ばれることになる。奇跡の11枚、といったところか。 それは作られた神話だった。
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。Signal Corps Number: ETO-HQ-45-33168 撮影者: 技術兵 Harry E. Boll NAID:175539155 1945年4月17日、ドイツ国内でもはや地雷原の心配もないのかアメリカ軍の第30歩兵師団M10は散開隊形で前進している。遠くに控えるマテルブルクの街のあちこちに煙突が見えるは、当時この街にあったクルップの製鉄所だろう。この写真も陸軍通信隊(Signal Corps)の大判カメラ、スピードグラフィック:PH-47で4×5フィルムで撮影したものだろう。35mmフィルムにはない解像度がある。
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ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。1941年8月。デトロイト近郊、ミシガン州ウォーレンのクライスラー戦車工場に並ぶ組立途中のM-3戦車。自動車製造のノウハウを生かした3レーンの生産ラインと天井の重量用ガントリークレーン。撮影は昨日に続き、アメリカ戦争情報局(OWI)カメラマンのアルフレッド・パーマー。 4×5インチの大判フィルムの情報量は圧倒的だ。35mmフィルムの写真が5000万画素(Ex.SONY α1)だとすると4×5フィルムはその13倍、6億5000万画素に相当する。
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。1942年10月。カンザスシティのノースアメリカン社で行われた。B25爆撃機のテストフライト。アメリカ戦争情報局(OWI)専属カメラマンのAlfred T. Palmerの撮影。 カメラは米軍の記録写真の標準だったスピードグラフィック。4×5サイズのコダクロームの写真は、35mmフィルムとは比べ物にならないくらいの情報量になる。 1940年代のコダクロームはフィルム感度がISO/ASA 10程度と低く、高い粒状性に比してシャッタースピードを遅くする必要があるため、撮影は晴天化や三脚の使用するなど条件が整わないと撮影が難しいところがあった。
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ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。1945年4月12日、ドイツ国内オスタローデ( Osterode)で被弾した第507重戦車大隊のティーガーII。写真に写る米兵はアメリカ軍の記録部隊(陸軍通信隊 Signal Corps)のカメラマンRaymond Hurley。カメラはSpeed Graphic PH-47、米軍の記録写真は主にこのカメラで撮影されていた。 4×5サイズの大判カメラで1回撮影するごとにフィルムパックを交換する必要があるため機動性には欠けるものの、4×5インチ(10×12.5センチ)と35mmフィルムの13倍の面積にもなる大きなフィルムで高解像度の撮影ができる。
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タツャーナ・ヴラソフ
about 1 month ago
【直接納品に…🤗】 本日は、横浜中華街で同好の士の集まる忘年会があるため、朝から新幹線🚄で向かっておるところです。 長々と取り組んでまいりましたT34は、昨晩やっとこさ仕上がりまして、コレを依頼主に納品することも兼ねて向かっております。 元のキットはAFVクラブの1/35 T34/76 112工場製42年型です。 制作にあたっては、クラッシュシーンで使いたいという依頼に基づき、数百枚のKnocked out T34画像を観察。あまりバラバラに破壊すると訳わからなくなるので、被弾により燃料(軽油)が燃えて煤だらけになり、遺棄された車両として仕上げました。
#histscalemodels
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デフモデルのタミヤM36用金属砲身3種を入手。 「初期型」はT71の試作車や極初期のフィッシャー製T71が装備したストレート型砲身。 「中期型1」はマズルブレーキ装着用のネジ山加工が施された砲身ですが、マズルブレーキの生産が間に合わず、代わりにネジ山保護リングを装着しています。初期のネジ山保護リングは先端まで同径でした。 「中期型2」は先端の径が小さくなった後期のネジ山保護リング付きの砲身。恐らく軽量化のための改良と推察します。 結局、マズルブレーキは1945年5月から生産工場で導入され、前線で追加されることも無かったため、大戦中に実戦配備されたM36には間に合いませんでした。
about 1 month ago
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Kits&Coffee
about 1 month ago
A nice colour picture by Tony Vaccaro maybe new to you: "Triere, Germany, 1944. Americans advance through the Hurtgen Forest before the start of the Battle of the Bulge". M4A3 dozer tank with very thick and uniform white coating!
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ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。1946年の京都駅前(左)。関西電力ビルに施された黒い対空技偽装の跡がまだ残る。連合軍の京都占領時(1945年から52年)にアメリカ軍兵士がカラーフィルムで撮影したものだ。当時のコダクロームの値段は現像代を含めて3.5ドル、現在価格で50ドル。決して安くはないが将校クラスであれば自分のカメラで日常のスナップを撮影できるほどカラーフィルムは普及していた。戦時中にはアメリカ軍は戦果確認用のガンカメラ(戦闘機の機銃と連動して動画撮影できる)にもコダクロームの35mmフィルムを積んで、湯水の如くに消費していたことでも分かるように、カラー撮影は既に特別なことではなくなっていた。
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 1 month ago
米軍の写真記録は主にアメリカ陸軍通信隊(US Army Signal Corps)が担っていた。カラー写真も少ないながら残っていて、この雪の中のシャーマン(M4型?1945年1月24日、St. Vith付近)は広く知られるところだ。) 面白いことに、NARAのアーカイブにはカラーと白黒バージョンの2枚が保存されている。そしてこれが結論になる。 第二次世界大戦の当時はアメリカの公文書、写真記録は白黒での保存が原則で、カラーフィルムで撮影されたものでもモノクロネガにデュープ、プリントといった工程を経て保存された。 写真:NARA( NAID1:6730735 / NAID:148727210)
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 1 month ago
1日1ミリ。アルデンヌで撃墜されたドイツ軍機。LIFE誌のカメラマンによるカラー写真。画面のアスペクト比は3:2であることから、コダクロームの35mmフィルムで撮影したものと判断できる。 バルジの戦いをコダクロームのカラーフィルムで記録した写真は現在、7~8枚ほど知られているが、逆にアルデンヌの戦場では膨大な枚数の写真が撮影されているのにも関わらず、カラーフィルムで残されたものはわずか10枚にも満たない。 そしてそのほとんどはLIFE誌の特派員によるもので、米軍の撮影部隊が撮影したものは、殆どが白黒の写真だった。
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 2 months ago
1日1ミリ。アルデンヌ攻勢のドイツ軍の最大進出エリア、ラグレーズの村で破壊されたティーガー2、タウンホール前のパンターG型、アメリカ軍のM4A3E2ジャンボ。 写真週刊誌『LIFE』1945年1月15日号に掲載された写真だ。ラグレーズの攻防は12月20-25日頃、特配員が撮影した写真が2週間ほどで記事なったことになる。 現在も残るアメリカ軍のカラーフィルムは主にLIFE誌の特派員が撮影したものが多いが、この2枚も紙面の都合で白黒印刷だが、取材自体はカラーフィルムで撮影された可能性もある。 どこかにカラーの原版が残っていたりするのだろうか。 引用:『LIFE』1945年1月15日号P21より
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 2 months ago
1日1ミリ。バルジの戦いのもう一つの「ホテルアルデンヌ」。場所はベルギーのリヌーヴィル(Ligneuville)。戦史的にはアルデンヌ攻勢をかけたドイツ軍の主力、パイパー戦闘団が通過した街。マルメディ南郊とした方がわかりやすかもしれない。ホテルの前で停止しているのはI-SS LAH師団所蔵のパンターG型(指揮戦車型)で 作戦2日目の12月17日に100フィート(90m)の距離からシャーマンに撃たれたという話だ。 ホテルはフランス北部〜ベルギーによくあるスタッコ塗りに簡素な窓回りの装飾のオーソドックスな建物。雪除けも兼ねているのか大きなポーチを備えるロードサイドのホテルのスタイル。
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 2 months ago
1日1ミリ。バルジの戦いの一幕。1945年1月24日、ルクセンブルグの田舎町エシュ・シュル・シュール(Esch-sur-Sure)、ホテルの前に捨てられたドイツ軍が鹵獲運用したシャーマン戦車。スモールハッチ、アプリケアーマーのM4型。 それにしても「ホテルアルデンヌ」、何とも言えない味わいがある。ネオゴシックみのあるデザインは、どこかファンシーで土着の様式というより寂れたリゾートホテルで見かけるそれだろう。上階に行くにつれてサイズダウンする窓は遠近感を強めて大きく見せる仕草だ。虚構じみてはいるが、個々のディテールは控えめで優美で品よく仕上がっている。玄関前のリゾートチェアも寂しげで良い。
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1945年1月11日、ベルギーでクライスラー製M4A3(76)Wに冬季迷彩を施す米戦車兵の記録映像。石灰を水で溶いて大きな刷毛を使って塗っていますが、作業はかなり大雑把な様子。手が届き難い車体下部などは塗るというよりぶちまけています。
catalog.archives.gov/id/16890
about 2 months ago
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 2 months ago
1日1ミリ。冬のアルデンヌ。1945年1月23日、バルジの戦いもほぼ終わりに近づいている。ベルギーのザンクト=フィート(St. Vith)の街を抜けるアメリカ第30歩兵師団の兵士たち。 完全な冬季装備は間に合っていないもののヘルメットは白い布を被せて風景に溶け込むようにしているのはこの一月の戦場で学んだのだろう。 手前の兵士は衛生兵だろうか。レッドクロスの腕章が見える。 雪に埋もれるドイツ軍のIII号突撃砲G型(44年5-7月生産車)は秋以降の輪郭のはっきりした3色迷彩にリペイントしている。ドイツ軍にも冬季戦の準備がなかったのか、この車両もウィンターウォッシュを施してない。
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 2 months ago
1日1ミリ。 冬のアルデンヌ。雪道でスタックするM36戦車駆逐車の脇を抜けるもう1両のM36。LIFE誌撮影のカラーフィルムは撮影日や場所の記載のないものが多いが、LIFE.comによると1944年12月20日とある。ドカ雪にも見えるがドーザーで除雪して道路脇に積み上がった雪にまた積もったところだろう。 前線への移動中なのか90mm砲は後方に向けてトラベリングロックに固定。バルジの戦いのM36にはトラベリングロックを車体前に移動した車両もあるが、この2両はノーマル。路上の車両はスコップが2つ、除雪しながらの行軍なのか車体から取り外して簡単に掛けてある。雪で車体側面のボスの有無は確認できない。
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1952年、朝鮮半島で鉄道輸送中のM36(フォード製M10A1車体)。登録番号40191452、ALCO製1944年11月生産車。排気ディフレクターは左右二分割式装甲ディフレクターに、主砲はシングルバッフル型マズルブレーキとボア・エバキュエーターを備えたM3A1又はM3A2に換装。車体右側面に救急箱を追加。 ALCO製M36では通常、車体右側面の最後部下側のボスが削除されていますが、この個体ではフットマンループを避けて若干高い位置に移設されています。これは土浦武器学校や国内某所の現存車輛と共通する特徴です(車体側面下部の半円形の切り欠きも同様)。東京兵器補給廠で付け直したものかも知れません。
about 2 months ago
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イカノボシ
ミカンセーキ
about 2 months ago
1日1ミリ。1944年12月、「バルジの戦い」にてドイツ軍に包囲されたバストーニュの街の解放に向かうパットン第3軍の戦車隊。バストーニュ南郊のサンレ(Sainlez)、靄の立ち込めた天候からするとクリスマスの25日頃か。なんとも寒そうな写真だ。 シャーマンはこの時期によく見かけるM4A3ではなくスモールハッチのM4型、転輪もオープンスポークタイプでそこそこの歴戦車両。車体前面に無造作に積まれているのはCレーションの空き箱だろうか。 手前の有刺鉄線の柵はバリケードではなく、付近一帯の畑の境界に立てられているものらしくバストーニュ攻防の写真でよく見かける。
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イカノボシ
しゃーまん にわ
about 2 months ago
やってます。発売日をお待ちください。
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