少し前、デモに行く前に「江代充の居た場所」を見るため西荻窪のFALLに立ち寄った。
かつていた人の言葉と「物」が同じ有り様で、等しくそこにあると見えたのは展示を作られた越川道夫さん、そしてFALLという場所のせいもあるのだろう。これまで聞こえなかった声をふいに聴いたようで息を呑んだ。
それは、もうずっと晒され続けてきた政治家たちの空虚な声=言葉はもちろん、シュプレヒコールの声=言葉とも重ならない何かだった。地下を通ってはじめて届く水のような。
次のデモにも詩集を持っていこうと思う。
シュプレヒコールの一部になるために私は行くのだ。それでも私の声は私だけのものであることを手放さないために。
about 2 months ago