【読書日記】梅崎春生『十一郎会事件』（中公文庫、2024年） それぞれの作品は完全なる謎解きではなく、人間の機微や心理に焦点が当たっている。第一部はシリアスな話が集められ、第二部はなんともいえないおかしみのある話が集められ、第三部は江戸川乱歩のいう「奇妙な味」が集められている。 表題作の「十一郎会事件」は、「十一郎」という名前がついた売れない画家が、彼の絵を買い取りたいという同名の金持ちの命を受けた男の頼みを断ったばかりに、面倒に巻き込まれてしまうお話。この売れない画家もしょうもない見栄を張ったのが災いし、一枚上手の男にまんまと騙される。その男の理由もこれまたしょうもない。そこがいい。

【読書日記】武田百合子『犬が星見た』（中公文庫、1983年） 『富士日記』に輪をかけて率直な百合子の物言いが爽快だ。自慢が嫌味にならないのは羨ましい。そして、気に入らない外国人のガイドに向かって思いっきり日本語で悪口を言ってイヒヒと笑ったり、「私でない女のわる口を聞いているのが、いい気持だった」と堂々と言ってのけたり。女傑である。 この旅の影の主役は錢高老人だ。錢高組の社長だか会長だかなのだが、ひとりで参加し、相部屋に泊り、何かにつけて「ロッシャはたいした国や。わしゃよう知っとった」と口にする。ひと昔前の関西弁なので、今は錢高老人のようにしゃべる人はいないだろう。

【読書日記】田村隆一『ダンディズムについての個人的意見』（リクルート出版、1990年） これ、なぜか↓の情報は版元は角川書店で初版は1984年に刊行されたことになっている。なんでや。 第２章の酒に関する章は、ワイン、ウイスキー、ビールなどなど、さまざま酒の飲み方や思い出が生き生きと描写されている。1960年代後半のアイオワで、国際政治学を学ぶ美女と缶ビールを飲む話が実にロマンティック。「そこでぼくは、シュリッツ、バドワイザーなどのジャーマン・ネームの缶ビールを飲みはじめたら、雨が降ってきて、美女もぼくも酔っぱらってしまって、大学へ行くのを忘れてしまってさ」の一文に止めを刺された。

【映画日記】ウェス・アンダーソン監督『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』（2025年）＠ホワイトシネクイント ザ・ザ・コルダを演じたべニチオ・デル・トロは、最後の方の食堂のおやじ役のほうが断然はまってる（笑）。娘役のミア・スレプルトンは仏頂面がよく似合うと思っていたら、母親はケイト・ウィンスレットだった。母親も仏頂面というか不機嫌顔が迫力あっていいよね。ウェス・アンダーソンは仏頂面が似合う女優の使い方がうまい。 モノクロシーンにちょこっとビル・マーレイ、ウィレム・デフォーが出ていた。主役のザ・ザ・コルダをウィレム・デフォーが演じてもいいくらいなのに。 zsazsakorda-film.jp

【読書日記】佐々木邦『ガラマサどん』（講談社大衆文学館、1996年） 表題作の「ガラマサどん」と「使う人使われる人」を収録。 昭和一桁ともなれば、今より主従関係がはっきりしていて上の者の命令は絶対だっただろうが、「失業の名人」で運よく？ビール会社に転がり込んだ主人公が、社長の自伝を書く係に任命されたがために、社長に振り回される。この社長が叩き上げのワンマンで、悪い人間ではないのだが、とにかく独善的。本書だと、独善的だがいい人間、として描かれているが、現代なら逆だな笑　「ガラマサどん」では素人義太夫、「使う人使われる人」は長時間の講話で、社長が従業員に迷惑をかけるのというのが、時代を感じる。

Bringing back the War Department is an interesting strategy for someone desperate to win a Peace Prize.

【読書日記】俵万智『生きる言葉』（新潮新書、2025年） 俵が、野田秀樹の稽古場で見学した「正三角関係」の台詞で、登場人物の威蕃が「形あるものはみな壊れる」と言ったのに対しウワサスキー夫人が「それは落として壊した、あなたが使う言葉じゃない」と応えたシーンで考えた、というくだりがどこかで紹介されていて手に取った。そうなんだよ、ほんとに「おい、お前、ちょっと待て」なんだよ、これは。 第4章の「言葉が拒まれるとき」の「クソリプに学ぶ」で紹介された石榴さんという方のクソリプの分類と、俵万智が提案した対処法が、的を射ていて素晴らしいし溜飲が下がる。俵万智はさすが言葉のプロだな、と笑いながら感心した。

本文に載せきれなかった、ボートハウスの中やクリスティの衣装部屋などの写真を個人ブログの方で紹介しました。ご興味あれば、あわせてこちらもどうぞ！ smileinuk.exblog.jp/33780043/

ニューズウィーク日本版World Voiceのブログをアップしました。アガサ・クリスティが愛したデヴォンの別荘、グリーンウェイの後編は、いよいよお屋敷と広い庭をご紹介。昨日はクリスティの誕生日で、来年の大英図書館での展示も発表されて、クリスティ気分に浸っています。 www.newsweekjapan.jp/worldvoice/l...

【読書日記】団地団（大山顕・佐藤大・速水健朗・稲田豊史・山内マリコ・妹尾朝子）『世界は団地でできている　映画のなかの集合住宅70年史』（集英社新書、2025年）読了。 この前読んだ有吉佐和子の『夕陽ヵ丘三号館』は、新築団地の社宅に住んでウキウキする妻の話だったが、初期の団地は憧れの対象であり、従来の住人からすると得体の知れない闖入者という扱いだった。それからどんどん扱いが変わる。 団地が登場する『踊る大捜査線』の話から映画はフィルムかデジタルかという議論になり、小説家の山内マリコ（フィルム派）対写真派の大山顕（デジタル派）がバッチバチに言葉の火花を散らして議論するくだりにはビリビリする。

【映画日記】ラジニカーント主演『銃弾と正義』（2024年）＠ヒューマントラストシネマ渋谷 今回はインド映画界の重鎮アミタブ・バッチャン（ビッグB）も出演。 警官がやむを得ず射殺する”encounter”は、はたして「正義」かどうか、がテーマ。道徳から見た「正義」と法から見た「正義」が大きく乖離していると、すり合わせは難しい。道徳から「正義」を行使する警官（ラジニカーント）と、法の「正義」を重んじる判事の関係が、対立から理解と協力へと変化していく様子を描く。そこに「格差」と「教育」というテーマが絡まるから重くなるのだが、さすがインド映画、エンタテインメント性も忘れていない。

【映画日記】エルンスト・ルビッチ監督『淑女超特急』（1941年）＠シネマヴェーラ渋谷 パーク・アヴェニューに住み、夫はビジネスエリートの妻が、原因不明の突発性しゃっくりに悩まされ、訪れた精神科医で変人のピアニストと知り合い、恋仲になるが……。 ちょっとしたシーンで笑わされてしまう（妻が精神科医にかかって年齢を聞かれたとき「22歳」と偽るが医者に「わたしはあなたの医者なんですよ」と言われて「24歳」と訂正するも、医者のカルテには「24歳？」と大きな疑問符がついている、など）。この時代の定番の「元さや」ものではあるけれど、洗練されたユーモアと妻役のマール・オベロンの清らかな色気を楽しんだ。

【映画日記】　『ユニバーサル・ランゲージ』（2024年）鑑賞＠ヒューマントラストシネマ渋谷 ペルシア語とフランス語が公用語になっている架空のカナダのウィニペグが舞台。登場人物が、イラン系か否かにかかわらず変わり者ばかりだ。個人的な思い入れのある場所ばかり案内するツアーガイド、七面鳥店を営む兄弟、みんなどこか変だ。この変な人たちが、実の親子とか隣人といった関係性で、緩くつながって環になる。 薄暗いティム・モートンは、日がな一日そこで過ごしているだろうという常連ばかりだが、編み物をしている女性３人に先住民がいたりと（顎のあたりに縦に直線が入っている）、多様なカナダを映し出しているのも着目だ。

【読書日記】福井健太編『新・黄色い部屋　犯人当て小説傑作選』（創元推理文庫、2025年） 藤原宰太郎の犯人当ての本を濫読した子ども時代を過ごした身としては、中年になって再び「読者への挑戦状」やら犯人当てやらがまとまって収録されている本を読めるなんて、嬉しいこと極まりない。 既読の作品もいくつかあったが（高木彬光と坂口安吾の作品が既読だったのはもったいなかった）、ほかの作品も昭和の香りがぷんぷんで、安心感が半端ではない笑　トンチクイズのようなものや、こじつけと思わぬでもないものもあり、エンタテインメントとして楽しく読んだ。

【読書日記】坂本図書『坂本図書』（バリューブックス・パブリッシング、2023年） 坂本龍一が2018年から2022年まで『婦人画報』に掲載していた広義のアーティスト（作家、映画監督、音楽家など）とその作品に関するエッセイと、ウスビ・サコ、安彦良和との対談を収録。 守備範囲の広さに驚く。エドワード・ヤンと侯孝賢の両者が取り上げられている。わたしは『ヤンヤン　夏の思い出』と『トントンの夏休み』をごっちゃにするくらいのポンコツなので、坂本がふたりの特徴を明確に指摘していて、ありがたい。大島渚のことは、イメージ通りすぐ怒る人だったが、役者のアイデアをすぐに取り入れる柔軟性もあったと評する。

こちらが掲載紙です。夕刊1面でご紹介いただきました。

【演劇日記】塩田泰造作・演出『セメダインの涙』＠下北沢シアター711 劇団クロスロード旗揚げ公演だ。リーフレットの「人生は『言ってみるもんだな』と『言わない方が良かったな』の繰り返し」とあるが至言。わたし自身、子どものころ「一言多い」とよく叱られた。それでも、多かった一言も含めて、言わなければわからなかったこと、成せなかったことのほうが多い。たとえ「言わないほうがよかった」という結末になっても、そうと知るためには言ったほうがよかった。 「目が平泳ぎしてる」など、印象的なフレーズがここ一番で効果的に繰り出される。斧出拓也さんのセリフ回しを聴いて、久々にほんまもんの関西弁やわ、となった。

【読書日記】マーティン・エドワーズ編、クリスチアナ・ブランド他『本好きに捧げる英国ミステリ傑作選』（深町眞理子他訳、創元推理文庫、2025年） 2021年にBritish Library Publishing から刊行された"Murder by the Book: Mysteries for Bibliophiles"の邦訳だ。 大好きなクリスチアナ・ブランドの「拝啓、編集者様」は正しい意味で鳥肌が立つのだが、どこか滑稽だ。 これまた大好きなニコラス・ブレイクの「暗殺者クラブ」の翻訳は深町眞理子さん。フィリップ・マクドナルドの「殺意の家」は、宮脇孝雄さんの翻訳だ。おふたりの翻訳で嬉しい。

【読書日記】毎日新聞校閲グループ『校閲記者の目』（毎日新聞出版、2017年） ふだん気を遣って表現しているつもりでも、まだまだ知らないことがあった。本書は、ミスは「１カ所見逃しただけで0点」と手厳しい。まあそうなんだけどさ。あとから出てくるものなんですよ、誤植と事実誤認……。ヘクタールとアールなんて、どっちが広いかまったくわからない。東京ドーム何個分という表現も広さがまったくつかめない。 「思う」と「想う」と「おもう」の使い分けに関する箇所は、考えさせられた。司馬遼太郎は、「おもう」というのは大和言葉なので漢字を当てはめるのはおかしい、という理屈で、「おもう」という表記で通していたという。

【読書日記】髙村薫『我らが少女A（上・下）』（毎日文庫、2025年）読了。 合田が登場した第１作『マークスの山』（直木賞受賞）から25年経ち、第一線を退いているが、12年前に指揮した事件を追いかけることになる。 事件関係者の12年間も同様だ。別の事件で殺された「少女Ａ」は27歳で、彼女の同級生や上級生の12年間も事件とともにあった。12年におよぶ重厚な群像劇を堪能した。合田雄一郎と友人の加納祐介のブロマンスも相変わらず。限りなく愛情に近い友情なんだな。 mainichibooks.com/books/novel-... mainichibooks.com/books/novel-...

【映画日記】　　『マルティネス』（2023年）＠シネマカリテ 規則正しくはあるが単調な生活を送っていたマルティネス（60歳）。階下の住人女性が朝も夜もテレビを大音量でつけているので、堪忍袋の緒が切れそうになるが、ある日、その住人の遺体が搬出されているところに出くわす。それからしばらくして、彼女の所持品がゴミ捨て場に捨ててあったのを、こっそり拾って自宅に持ち帰る。そんなこんなで、マルティネスはだんだん亡くなったアメリアへの思いを募らせてゆく。 マルティネスと同期で、彼にほのかに好意を寄せているコンチータの寂しさが切ない。マルティネスの後任候補のパブロの光と影を併せ持つキャラクターがいい。

【読書日記】木村衣有子編『昭和　女たちの食随筆』（中公文庫、2025年） トップバッターは『綴方教室』で一世を風靡した豊田正子の「にわとり」（『綴方教室』所収）。ご近所付き合いが密だった下町の暮らしぶりが、鶏を絞める一件から伝わってくる。そして鶏を絞めてさばく作業を、目を背けることなく綴る。そしてその鶏が大ご馳走の鶏鍋になり、「骨は、あくる朝、ソップにしたら、とてもおいしかった」。命を頂くとはこういうことだ。 わたしより上の世代は、簡単な料理といっても、やっぱりひと手間ふた手間かけている。沢村貞子なんて「ありあわせのものですよ」と広げた弁当は、今ならデパ地下で売っているような豪華さだ。

ラッシャー貴子さんの"England Swings!"更新。 今月は日本人ならみんな大好き（当社調べ）クリスティのデヴォンの別荘訪問記の前編。我が家は車がないし、わたしは運転ができないので、なかなか行きにくいところにも必然的に公共交通機関を使うしかないのだが、こんなに乗り換えがあったら諦めるかも笑　 でも昔は、ちょっと青春18きっぷを使って、紙の時刻表で乗り継ぎなど調べて、深夜の新宿発大垣行で夜を越したり、青函トンネルを通って北海道に行ったりした。だから今でも鈍行の旅は結構好きだ。 これを読みながら、そんなことを思い出していた。イギリスでも、卒業旅行でそういう旅をしたなあ。

【読書日記】友田とん『「百年の孤独」を代わりに読む』（ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2024年） 本書の特長は脱線だ。たとえばこれ。 一昼夜におよぶ長ゼリフが私に歌舞伎か、はたまたかつての吉本新喜劇を思い浮かべさせた。フェルナンダは未知やすえだ。彼女は句点を打つ暇もなく、「忿満をぶちまけ」つづけた。（本書266ページ） ここを最初読んで、わたしは憤懣をぶちまけつづけたのが未知やすえ姐さんだと思った。そのとたんにド迫力の「ごぅるらぁぁぁあ」から始まり、かまととぶった「怖かった♪」で舞台全員がこけるというやすえ姐さんのお家芸を思い浮かべていたのである。マコンドどこ行った。

【読書日記】有吉佐和子『夕陽ヵ丘三号館（新装版）』（文春文庫、2012年） いや～、1972年刊行の小説の描写が、2000年に1年だけ経験した社宅暮らしのほぼそのまんまなので、びっくりを通り越して笑ってしまった。有吉のこの作品は「一流」商社にできた神奈川県の社宅を舞台に、夫の地位や上司で妻のステータスも決まる社会の話だ。主人公の夫が、女は暇なんだなと苦笑するシーンがでてくるのに苦笑い。とはいえ、その夫も、社内で大阪から転勤してきた非T大閥の実力者連中がのしてきていて、夫も安穏とはしていられない。これ、相当取材したんだろう。ここまで微に入り細を穿った描写はできないだろう。

【読書日記】西水美恵子『国をつくるという仕事』（英治出版、2009年） 印象に残ったのは私利私欲まみれのリーダーと対峙したときの話。ベナジール・ブットーには幻滅したとにべもない。 世界銀行は慈善団体ではなく、株主は国民、「銀行」である以上、リスク査定はきちんと実施する。そんな世銀もやはり男組織であり、ガラスの天井はあった。西水さんもモルモット扱いされたこともあったようだが、「女の特権」も上手に使った。それは着るもののこと。相手の懐に入りたいときは相手の国の民族衣装、反対に相手と距離を置きたいときは着物、と使い分けた。サリーひとつとっても、さまざまな政治的メッセージを込めて選び、着た。

【本日休診】井伏鱒二原作、渋谷実監督『本日休診』（1952年）＠神保町シアター 戦後まだ間もない蒲田で医院を営む赤ひげ先生を中心に、ギャンブル狂の船頭とその妻、ヤクザの下っ端とその恋人、ごろつきに暴行された若い娘と彼女をいっとき住まわせる長屋の親子などのエピソードをつなげる。 三國連太郎演じる、戦争で神経を病んだ男（医院で赤ひげ先生の面倒を見ているおばさんの息子）の存在感に圧倒された。映画の最後で、この男がしばらく飼っていた雁が飛び立つのを、男をはじめ、みんなが見守るシーンに、文字通り畏怖の念を覚えた。感動など甘っちょろいものではなく、何かぞくりとする怖さがあるのだ。

【演芸日記】　三谷文楽　『人形ぎらい』＠PARCO劇場 文楽発祥の地に敬意を表して、言葉は関西弁、ちゃんと近松門左衛門先生もご登場なさる。だけど舞台は現代、だから現代語だし、「オフィス街」とか「場面がカット」とか「パラダイス」なんて表現も出てくるし、通天閣も新大阪駅も新幹線も出てくるし、人形がスケボーに乗るし。 三谷文楽では人形遣いが人形にこき使われていた。この発想はなかった。人形もちょっと溜飲が下がったかしらね。 最後のアンコールでは、人形遣いの皆さんが顔出しして、手を振っていた。三味線と太夫も上からぶんぶん手を振っていた。亜流かもしれないが、たいへん楽しかった。

【読書日記】宮島未奈『成瀬は信じた道をいく』（新潮社、2024年） 前作『成瀬は天下を取りにいく』を読んでから約１年経っての再会。成瀬は平常運転でほっとした。「やめたいクレーマー」の、ふつうなら許容できるかできないかのぎりぎりをゆくクレーマーの呉間言実（「くれま・ことみ」っていう名前がもう。文字でひたすら理路整然とクレームつけてやるっていう意思がみなぎっている）の話が、意外な展開だった。たしかに、言実のクレームは筋が通っているが、理詰めで責められるのは、感情で責められるよりタチが悪い。そこに理詰め上等、感情の機微何それおいしいのの成瀬が登場して、思わぬ方向に話が転がっていったのが愉快だ。

【映画日記】ホウ・シャオシェン監督『冬冬の夏休み』（1984年）＠CINEQUINTO WHITE それぞれの物語はごく短く、突然ぷつんと切れたかと思うと、別の物語へと移る。まるで冬冬が入院中の母親に送った手紙のような映画だ。 冬冬の妹、婷婷はしょっちゅう兄たちから仲間外れにされ、それがきっかけで知的障害をもつ若い女性、寒子と知り合う。寒子は町の男性に妊娠させられてしまう。冬冬の祖父は、お腹の子が生まれたら避妊手術をしたほうがいいと勧めるが、寒子の父親は、自分亡きあと、面倒を見る子どもがいれば娘はまともになるのではないかと主張する。身勝手な理屈ではあるが、親の心情が胸に迫る。

【映画日記】　　『キムズビデオ』（2023年）＠WHITE CINE QUINTO 以前NYCに住んでいたときに大好きだったエリア、セント・マークス・プレイスのランドマーク的存在だったキムズビデオ。ビデオという形態がデジタルに押されて衰退し、キムズビデオのオーナーであるキム・ヨンマンはなぜかイタリア・シチリアのサレーミという都市に店の商品をすべて譲渡する契約を結ぶんだものの、契約は正しく履行されず……。 間違いなく罪に問われるであろう行為を映画にして大丈夫なのかと心配したが、クレジットを見ると、ちゃんと法律事務所がついているのね。これはサレーミもたいがいだけど、監督もたいがいだな（笑）。

【読書日記】カルステン・ヘン『本と歩く人』（川東雅樹訳、白水社、2025年） 書店×本×老人と子どものバディ関係のお話だ。本作の主人公である、老書店員のカールのお得意さんは、それぞれの理由で外界と交わらない、交われない人々ばかりだ。そんな彼らが、カールが届ける本、そしてカールのおかげで、最後は思いがけず一致団結する。お得意さんはそれぞれ本に対しても風変わりなテイストの持ち主なのだが、血みどろの殺人事件が起きるミステリが大好きな修道女はなかなか大したものだ。彼女にかかれば「神の声を聞いたから」という理由で大量殺人しても許されそうで、ちょっと怖い笑

あひる柄かわいいと思って買った綿パンツ、よく見たらカレーとナン柄の可能性ある

【読書日記】金井美恵子『目白雑録（日々のあれこれ）III』（中公文庫、2025年） 金井美恵子の文章は長いと思い込んでいた。ところが、今回久しぶりに金井の文章を読んで、意外と短い文章も多いことに驚いた。長い文章も少なくないのだが、その長い文章が、解説の小山田浩子曰く、「読点で息継ぎしながら、あるいはそれさえも忘れてぐんぐん深く潜ったりひょいと横にそれたりするように進んでいき、どこへいくのだろうと驚きながらついていくとさらに深いところにいったと思ったらまったく予想もしなかった水面に顔を題したりする」。 巧まざるユーモアに何度か笑いをこらえきれず、電車のなかで肩を震わせて笑ってしまった。

【読書日記】堀元見『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』（新潮社、2025年） いやはや、奇書というか怪作というか。ここまで下ネタを真面目に掘り下げた著者に頭が下がる。あまりに「え？」なネタにも、ちゃんと論文や専門サイトを確認している。巻末の参考文献も充実していて、逆に「え？　こんな本が出ているのか？」と勉強になる笑 わたしがNYCにいたときにクリントンとルインスキーのスキャンダルがあった。そのときのクリントンの言い逃れは、著者によれば「クリントン大統領の不貞の言い訳は古代ローマ式。古代ギリシア式ならよかったのに」だそうな。どういうことか、知りたい人は本書に当たってもらいたい。

【読書日記】久生十蘭『平賀源内捕物帳』（中公文庫、2025年） 現在放映中の大河ドラマでヤスケンこと安田顕が演じて話題になった平賀源内。その源内先生が相棒である神田鍋町の岡っ引、出尻伝兵衛と組んで謎を解いていく。源内と伝兵衛の駆け引きが読んでいてリズムがよくて歯切れがよくて気持ちがよい。 どの話も、謎を解いたところですぱーんと終わるので、きつねにつままれた感じを覚える。下手人たちのその後などが一切なく、下手すると捕り物すらなく、純粋に謎を解いておしまい。よくある探偵ものや推理もののエンディングに慣れているので、ちょっと驚いた。

【演劇日記】神野美伽主演、マキノノゾミ作、白井晃演出『SIZUKO Queen of Boogie――ハイヒールとつけまつげ』＠IMMシアター sizukoboogie.yoshimoto.co.jp 笠置シヅ子の一生を、有楽町の街娼であるゆき（鈴木杏樹）との友情を軸にした物語にした。有楽町の街娼と友情を結んだのは事実らしく、有楽町の日劇のコンサートには、連日、彼女たちが大勢で詰め掛けたそうだ。 大阪で若いころ活躍した笠置シヅ子を、大阪府貝塚市出身の神野が演じる妙味。神野美伽の泉州弁が際立っていて、ほかの人たちはどうしても負けちゃうんだよな、頑張って関西弁しゃべっても。

サラマーゴ『修道院覚書』、その昔『白の闇』が出た頃かな、旧訳の『修道院回想録』を読んだな。木下眞穂さんの訳は読んでみたい

【読書日記】雨井湖音『僕たちの青春はちょっとだけ特別』（東京創元社、2024年） 著者は特別支援学校職員で、2023年に「東京創元社×カクヨム学園ミステリ大賞」を本作で受賞してデビューした。 舞台となるのは宮城県にある高等支援学校で、そこに入学した青崎架月が、身近に起こった不可解な出来事を解き、成長する物語だ。この謎で解き明かされる理由は、特別支援学校ならではの理由で、はっとさせられる。 だけど学校生活はふつうの高校と変わらず、仲間と口喧嘩あり、ほのかな恋愛あり、思いが通じずの涙あり、だ。最後の謎の種明かしには、不覚にも目頭が熱くなった。ここだけリアルな地名が出てくるのもよかった。

【読書日記】山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』（幻冬舎文庫、2014年） 典型的な地方都市に暮らす８人の女性の連作小説。彼女たちを結ぶのは「椎名一樹」というひとりの男性だ。 この椎名という男性が、なかなかの女たらし、人たらしという設定なのがいい。女たらしとか人たらしという人物は、本人にその自覚がないんだが、この椎名がまさにそう。 彼をとりまく女たちも、椎名を媒介にして、もしくは彼との関係性から、自分の人生をそれぞれ歩んでゆく。予想通りではないかもしれないけれど、覚悟を決めた彼女たちの姿は清々しい。

好きな人、尊敬する人にはその旨を素直にガンガン伝えると吉👌 というのがここ数年の実感 人生短いので今後も実践するど

【読書日記】吉村昭『昭和歳時記』（中公文庫、2025年） 1996年に文春文庫から出ていたものの再刊。 昭和２（1927）年生まれの著者が戦前戦中の昭和の下町の風俗を語る。わたしがぎりぎり見たことがある屋根上の物干台、カンカン帽に腹巻にステテコ、「アッパッパー」。湯たんぽなんて、書かれているとおり、金属製で布に包んで使っていた。文中には昭和30年以降見かけなくなったとあるけれど、実家では昭和50年代に入っても現役だった。 二・二六事件の重苦しさを、阿部定事件がガス抜きして明るくした、という見方に納得する。大人たちがにやにやしながら語るその理由を、吉村少年はなんとなく察していたのだろう。

【読書日記】フランシス・ビーディング『イーストレップス連続殺人』（小林晋訳、扶桑社ミステリー文庫、2025年） 原書は”Death Walks in Eastrepps”というタイトルで1931年に刊行された。いやはや、面白かった。単細胞なわたくしは、一回目の幕切れで「おお、やっぱり」と思ったら、そこから新たな展開が笑　事件の容疑者がどうしようもないワル（大型詐欺事件の首謀者）だったのに、彼をけなげに待つ愛人よ。粘りに粘って、決定的な証拠を見つけたのも天晴れ。 真犯人の「成功」とは、屈辱を忘れないこと、自分を哀れんだりさげすんだりした人間を見返すことだ、というのが怖い。

大学のロック研前に「オジーの墓」が建っていた🪦

【読書日記】シヴォーン・ダウド『ロンドン・アイの謎』（越前敏弥訳、創元推理文庫、2025年） 原書は"The London Eye Mystery"というタイトルで2007年に刊行。 主人公のテッドは今でいう自閉スペクトラム症であり、人とちょっと（いや、だいぶ）違うことでこだわる。「アルジャーノンみ」もありつつ、マイノリティ風味もちょこっと入り、パパママがいい味出していて、おねえちゃんがスパイスになっている家族の物語としても面白かった。 こういう「人が死なないミステリ」を、ロンドン在住でガンで早逝した友人に読ませたかったな。彼女の闘病中に青井夏海の『赤ちゃんをさがせ』シリーズを送ったっけ。

【高座日記】　『第7回　桂米二一門会』＠日本橋社会教育会館ホール 昨日の座組は二豆さんの「明石飛脚」、二葉さんの「打飼盗人」、師匠の「向う付け」、無礼講トークが入ってトリは二乗さんの「植木屋娘」。 我が家イチオシのニ乗さんがトリ。二乗さんのまくらには、いつもペーソスがある。コロナ禍にUber配達をしていたというまくらが大好きなのだが、今回のあべのハルカスで無料の落語を披露したというまくらもペーソスがあった。 漫才では、前の演者のネタや話を自分のネタに取り入れるというのをよくやるのだが、「植木屋娘」では師匠の「向う付け」の面白いところを取り入れていた。それにしても、また鳴り物忘れたとは笑

ここ最近たくさんの人文社会系の出版社が採用をしていますが、岩波書店も募集を始めました。 職種を横断する異動があるので、編集で入社しても営業や総務に行くこともあるという会社ではありますが（逆も然り）、それでも、こんなに苦しい出版事情なのに！ ここで働き続けようと思うのは、一緒に働きたいと思うような人が多くいるからかもしれません。 横断的な人事があるということは、新書を共に作っていくメンバーにもなれる、ということ。 新書を盛り上げたい！ という方は、ぜひ。 www.syuppannavi.com/job/10284?fb...

【読書日記】小森健太朗『中相撲殺人事件』（南雲堂、2018年） タモリ倶楽部でも絶賛されたという『大相撲殺人事件』を先に読みたかったのだが、諸事情により先にこちらを。 ああ、くだらない（笑）。ほとんど勝てないけれど、推理能力が秀でているおかげで部屋に置いてもらえている幕下の前山田とアメリカ出身の幕ノ虎というキャラが立っている力士と、彼らが所属する部屋の娘、聡子が探偵役を務める。 前山田の故郷で起こった表題作の「中相撲殺人事件」では、大岡裁きの温かさで救われる。前山田が中学の同級生と組んで、謎を解決する。中心人物が中学生の相撲部の男子であることもあり、「中相撲」って笑

【映画日記】　『マーヴィーラン　伝説の勇者』（2023年）＠キネカ大森 途中で登場するヒンディー語がわかるふりをして雇ってもらったタミル語圏の修繕業者（アフロヘアのコメディアンが演じている）がコミックリリーフでいい味を出している。 墜落事件がきっかけで聞こえるようになった神の声に振り回される主人公の漫画家だが、うまく付き合うことを学び、その声の威を借りて勇者らしく振る舞えるようになる。しかし、彼が描く漫画の勇者は、その身を捧げることが運命となる。さて、彼はどうなる？　なかなか最後の落としどころはうまいな、と思った。

ニューズウィーク日本版World Voiceのブログを更新しています。今回はイギリスで大ブレイクしたいちごサンドのお話。数あるフルーツの中でも旬のいちごを使ったのは大きなポイントだと思うんですよねー🍓 www.newsweekjapan.jp/worldvoice/l...