投票を称揚する言説は、そもそも投票権を与えられない人々の存在を民主主義の外部へ追いやったまま自足する構造を前提している。
「投票という特権を持たない人のためにも、投票に行こう」と嘯く人がたくさんいる。語れない存在のために語るという構図そのものが、支配関係を再生産しているのではないのか。
民主主義=選挙、政治参加=投票という制度に望みを託すのは、よく飼い慣らされた優等生が、国家に承認されていない他者やマジョリティである自分を見なくて済むようにするための自己催眠だ。
彼らは自分が迷惑だと感じる存在のことなんか本当は知ったこっちゃない。“リベラル”が政権に就けば、「共に生き」なくて済むと考えている。
about 1 month ago