私の中では「表現」というのは「自己表現」とほとんど同一で、また創造には表現というのが勝手に付随するイメージが強いです。なので単に創造と言いたい・為したいところが、「自己表現としての創造」という風に、表現ありきの創造として自動的に置き換わってしまいます。
私には創造をしたいだけで、自己表現をしたいわけではないという場面があり、その時に酷く困ることがあります。のらてつさんの一連のポストから、その創造と(自己)表現の切り離しづらさを想起しました。
表現というと、受け取る他者が居る前提みたいになってしまうので、自分も表現ではない創造というものの為し方を考えてみたいです。
add a skeleton here at some point
3 days ago