旅先の異国で『人種』や『民族』というフィルターで見られてジャッジされてネタにされる苦痛は否定しませんが、『異国で異邦人扱いされる苦痛』と『自分が生まれ育った国で異邦人扱いされる苦痛』は全くの別物です。
自分が生まれ育った日本で、顔を一瞬見られただけで日本人とみなされない苦痛を『私も海外でこんな体験をしたよ』という文言で共感や慰めの意図を向けられたのはこれが初めてではない。
『日本語上手ですね』同様、善意から寄り添おうとしてくれてると分かってるから、なおさらこの噛み合わなさは歯痒い……
add a skeleton here at some point
about 1 month ago