社会運動論ってたぶん、存在論ー認識論ー(理論と方法ふくむ)方法論の差異を客観化して論じないと、自分が何してるか特に分からなくなる領域なんだと思う。だから批判が噛み合わなくなることも誤読も多い。社会科学は基本的にはみんなそういうものだとは思うのだが、やはり日本語圏はそういうものの見取り図づくりが弱い。学問的主体の形成条件が属人・属コミュニティ的で属テクスト的ではないことが原因でもある。でもどこかで必要になるはず。
単に外から輸入して日本語圏で議論しても相手に届かない。今は世界の相手に届く時代だから、届く研究が個人的にはしたい。
6 months ago