城輪アズサ
@wheelfort.bsky.social
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見たコンテンツの感想とか上げていきます。 note→
https://note.com/wheelfort
同人サークルのほう→
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『天使の恍惚』(1972年)、正直に白状すれば若松孝二の左翼モチーフの映画はこれが初めてなのだが、かなり良かった。粗く図式化すれば、ここでは赤々と燃え立つ幻影に支えられたモノクロの革命(=爆弾の奪取)が、物語の大半において個から剥奪され、革命は体系化された組織と新聞のインクのシミになり、あとには密室のベッドに横たわる不能者としての革命家が残っている。イメージの世界において赤とは炎と血だが、モノクロの映画的画面において前者は白に、後者は黒に属し、決して交わることがない。そしてすべての個は黒々とした鮮血を垂れ流して死にゆくことになる。性はそのふたつを繋げるが、決して調停することがない。
about 4 hours ago
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小津安二郎の『麦秋』(1951)観た。まあ今とはかなり時間感覚が違うのだろうが、28歳という人生の盛りに翳りが差し始める時期=秋の始まりにあって子ども(=春)や十全な身体機能を失った老人(=冬)はきわめて不気味なものとして映らざるをえない……みたいな象徴的な読み解きを頭の中でこねくりまわしていた。決定的ななにかが過ぎ去りつつあることは、しかし画面が雄弁に語っている。幾何学的な画面構成、フレームインの仕掛けとして印象的に機能する扉、遠方の(過ぎ去った歴史としての)死を示唆するように壁へ掛けられた服。映画的技法の豊かさについての言及は既出も既出だと思うが、やっぱりすごい。
about 4 hours ago
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Dancing with my phone
YouTube video by HYBS - Topic
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2 days ago
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music.youtube.com/watch?v=zIFS...
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kettle
YouTube video by TIDAL CLUB - Topic
https://music.youtube.com/watch?v=zIFSe7whhJk
4 days ago
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笠井潔『バイバイ、エンジェル』(1979年)、古典的探偵小説のジャンルコードをを現象学的方法(と主張されるもの)で相対化するという形式上の革新を前提にしたうえで、その限界を指摘するところから始まるのが面白い。現象学的還元はたんなる思考上の操作ではなく生きられる仕方でなければならない、そしてその手がかりが簡単な生活(ラ・ヴィ・サンプル)あるいは生活(ヴィ)のなかにあるというのは、本作を規定するのがフランス語であることも相まってミシェル・アンリの生の現象学を思わせる。尤も、ここで「魔」と呼ばれているもの、諸個人をかくあらしめる必然性は果てしなく暗く、血塗られていて、惨苦に満ち溢れている
5 days ago
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『パリに咲くエトワール」(2026年)、きわめて堅実で誠実なアニメだと感じる。飛翔=超越の芸術としてのバレエは、そのまま妖精=鳥=(西洋的)想像力を追う日本アニメの想像力と重ね合わされる。本作のガールミーツガールはバレエを志す千鶴と画家を志すフジコに分極化されているように見えるが、テーマ批評的な語り口を行えば、フジコは画家(=静的なイメージ)の探求者というよりはむしろアニメ(=動的なイメージの連続)にその才能の核があり(その絵はつねに連続したデッサンとして提示された)その意味においてこの映画全体をある特別な位置からまなざす観測者にほかならない。彼女は超越する身体をそのままに描く。
12 days ago
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光に自意識が宿っている。何の話かといえば『花緑青が明ける日に』の話なのだが、こうした仕方で絵を(というか光彩感覚を)信じることで成立しているアニメ映画を自分は見たことがなかった。ここには物語を平滑に語るための時間間隔も細やかな人間関係もなく、白熱した夏の終わりの光だけがある。それは時間の一切を規定しながら、感傷とも怒りともつかないかたちでただ鮮烈に漂っている。新海誠のように光景と実存が紐帯を結ぶのではなく、ただ光景(と状況)だけがあるような映画的時間。勿論撤退戦としてのテロリズム、みたいな物語の状況にも触れたいのだが、この異様な画面と間隔に触れずして何かを語ることはできないという気がする。
13 days ago
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渡邉大輔『イメージの進行形』(人文書院、2012年)、重要なことを言っていると感じる。これをわれわれは「ゼロ年代批評」の遺産としてではなく、来るべき(だった)「テン年代批評」の開始点として読み直すべきなのだと思う。IT革命以後というよりはソーシャル・メディア以後の洪水のような映像群(=イメージの例外状態)を、ファウンド・フッテージ的断片の結節点という仕方で「作品」として捉え直し(「映像圏」というタームで把捉される)、さらにそこからフィルム・ノワールをはじめとする映画史上の転換を読み替えながら、最後にはそれがありうべき抵抗のモデルへと変幻していく。今読むとTwitterへの言明は予言的でもある
15 days ago
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樫村愛子『ネオリベラリズムの精神分析』(光文社新書、2007年)、タイトルに惹かれて読んだが、掲げられている主題を徹底して掘り下げるというよりは、ラカン派社会学を軸に後期近代以降の主体論とかそこで前提される社会観(社会学の領域)・人間観(精神分析の領域)を整理するという内容でかなり参考になる。やや教育的で共同体(保守)主義に読めすぎるところはある気がするが、価値相対主義や流動化の中でそれでもなお残り続けざるを得ない確固たるものの領域、生活的身体の(=社会学的な意味での存在論的な)領域について考えた同書の論理構成は、その時代性に反して依然として有効なのではないか、と素朴に思う
15 days ago
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待川匙『光のそこで白くねむる』(2024年)、平穏な感想を激しく引き裂くような懐疑と暴力、死の影が凝る凄まじい小説でめちゃくちゃよかった。死者の語り(を偽装する多重化された自分の声?)によって、記憶がたえず訂正されていく。そこでは被害/加害の別が溶解して、自らによる暴力の行使が生々しい迫力を放っているのだが、それはその存在感を保ったまま、同時に、いかなる記憶とも現実とも紐帯を結ばず浮遊している。この凄烈な現実認識のなかである家族の決定的な破綻が明らかになり、罪の所在が露わになっていく構成は見事だが、それもまたやはり記憶や現実とかかわりあうものではなく、すべては宙吊りにされている。その凄まじさ。
23 days ago
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『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)ようやく見たが、全盛期ガイナックスのほとんど狂気的なディティールの描き込みに圧倒されたのはもちろんのこと、きわめてアイロニカルなストーリーテリングで予想外に良かった。有用性がなく、税金や予算を食い潰すだけのロケット開発(に人生を賭ける男たち)、という基本的な設定は、素朴に(それこそ岡田斗司夫的に)〈考察〉すればアニメ製作の比喩といえるだろうが、その開発自体が産業界の利権によって下支えされ、戦時下のプロパガンダに利用され、最後には国際政治上の駆け引きの駒にされる。最終局面のカタルシス(ロケットの発射)はそうした権力の網目への美学的な抵抗としてあるだろう
23 days ago
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『宇宙よりも遠い場所』(2018)の基本的な下地になってる無目的な繋がり=日常系的コミュニティの息苦しさを合目的的コミュニティで相対化する、しかしそのコミュニティもまたある面では無目的的(自己目的的)に機能する、というのは、入り組んでいるようでいて、テン年代の文化状況に対してきわめてアクチュアルなのではないか、と今更ながら思う。彼方はない、が彼方に至らねばならない、というワナビ的リアリズムにいかに向き合うべきか、ということ。それはエピソードのレベルでは労働と日常の重ね合いによって、プロットのレベルでは具体的な「約束の場所」(新海誠)を立て、キャラたちを「正しく帰る=変える」ことで果たされている
23 days ago
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鳥山まこと『時の家』(2025)、今おそらく著者と近い場所に住んでいる(明石市)ため読んだ。数世代にわたって使われてきた家-柱が埋蔵する、それぞれに断絶した記憶を、最も「若い」語り手が想像的に書き取っていく、みたいな内容で(複数の視点や語りが入り乱れていく)、かなり素朴な語りのなかに震災の記憶や決定的なすれ違いが、つまり複数の個人史と列島のリアリズムが浮上してくる。ただ本作の肝は、そうした語りの複数性の提示を可能にしていた家-柱が粉々に破壊されるクライマックスだろう。もちろん、それが空き家であることを考えるならその破壊もまたきわめて社会的な事柄なのだが、執拗に描写される破壊のディティールは→
28 days ago
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ヨルシカ『二人称』本当に素晴らしい。星野源『POP VIRUS』(2018)とか宇多田ヒカル『BADモード』(2022)みたいな、生活と並走する音楽の系列に属するような多彩で清浄な音像で始まりながら、それが時折ある種の不穏さで引き裂かれる。それはたぶん、本作のモチーフである、かつて生活の一部だった(おそらくメールがわりに使われていたであろう)手紙が、今や情報社会の速度を撹乱するような日常の外部に変じてしまったことと密接にかかわっているだろう。手紙は言葉を、生活を撹乱する。ただ、それは必ずどこか・だれかへと向けて放たれるがゆえに決定的に破壊的ではありえない。引き裂きは目立たない仕方で行われている
28 days ago
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『ブゴニア』、ダーティーな陰謀論者でも矮小な被害者でもなく、どうしようもなく陰謀論的に生きてしまっている(それは十分に選択的なものとして描かれる)個人を描いていて、オチとは裏腹にきわめて生々しい作品だと思う。(社会的に)"正しい"選択を選ぶことも、テロリズムで拡大的に破滅することもできず、やけっぱちの暴力だけが調子外れの劇版のように響いていて、そして、唯一(選択的に)アイデンティティを支えていたはずの物語る権利/力も、圧倒的な"真実"を前に蹂躙されてしまう。矮小なストーリーテラーがその矮小ささえ押しつぶされるところに、この映画の悲劇ならざる悲劇性がある
about 1 month ago
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城輪アズサ
わく
about 1 month ago
何なら、セカイ系という言葉だけがゾンビのように生き残って、日本人のノンポリ指向を批判するための言葉になっていたりする。 「現実」には目を向けるのなら、別に「その作品は誰に向けられたものだったのか」という、作品とその時代背景にも目を向けていいんじゃないかと思う。 世界の危機が起きた時に、国家や社会が対応するのは自明だ。でも、JRPGもセカイ系も、その時に確実に状況から埒外に置かれる青少年向けのジャンルですよ。 そのことを前提におかずに、セカイ系という言葉だけ空中浮遊して何かを批判する時に使う言葉になっても、ただのジャーゴンとしてしか機能しないんじゃないかな。
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城輪アズサ
わく
about 1 month ago
つまり、セカイ系ってJRPGを好んだ層にとっては、似た構造で楽しめる青年向け作品なんですよ。 日本ファルコムに在籍していた新海誠がイース2のリメイクOPを手掛けていたことを考えても、JRPGとセカイ系ってジャンルとして近いと思うんです。 セカイ系を論じた文章で違和感を感じるのは、「その作品は誰に向けられていて、その主要ユーザーはどの層なのか」ということです。 ここがおざなりになっているから、「世界の危機に対して、中間領域である社会をすっとばす」ことへの違和感や反発から始まる文章が多すぎる。
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城輪アズサ
わく
about 1 month ago
「主人公達の行動・心理・関係性が、本来ある筈の中間領域である『社会』をすっとばして、そのまま上位領域たる『世界』の在り様や命運を決定する」というセカイ系の定義(?)は、そもそも何と比較して中間領域の不在を問題にしているのかが曖昧な点が問題だと思っている。 セカイ系作品が流行していた2000年前後と近い時代に流行していて、これと同じ構造を持ったジャンルはSFCのJRPGですよ。 少年少女が主人公の場合が多く、様々な年齢の少人数パーティーを組んで敵と戦って世界を救う。マザー2やクロノトリガーなどが典型です。 その間、中間領域たる国家や大人は、世界の危機に対して無策か、もしくは気がついていない。
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さすがに歌がうますぎる
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芝居の終焉 (Cover Live)
YouTube video by Isekaijoucho - Topic
https://music.youtube.com/watch?v=804gGns-xjw
about 1 month ago
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「ここ[独歩『忘れえぬ人々』]には、「風景」が孤独で内面的な状態と緊密に結びついていることがよく示されている。この人物は、どうでもよいような他人に対して「我もなければ他もない」ような一体性を感じるが、逆にいえば、眼の前にいる他者に対しては冷淡そのものである。いいかえれば、周囲の外的なものに無関心であるような「内的人間」inner man において、はじめて風景が見出される。風景は、むしろ「外」をみない人間によって見出されたのである」(柄谷行人「風景の発見」:『漱石論集成』p.171-172)
about 2 months ago
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城輪アズサ
辺境有機体
3 months ago
【公式サイト解禁】 今年7月5日に開催される小さな文芸即売会【辺境有機体】の公式サイトを公開するグェ! 主宰は小説家・藤井佯(
@hitohitsuji.bsky.social
)グェ ノンジャンルの文芸即売会、唯一の共通点は、出店者がみな「書くことによって考え続けている人」であるという点グェよ 半年以上先のイベントグェけど、手帳にメモしといてほしいグェ!
beneficial-leotard-545.notion.site/2b82361e1e97...
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辺境有機体 | Notion
Frontier organism vibrates beyond you.
https://beneficial-leotard-545.notion.site/2b82361e1e978051aa8bdd1d8f865c8a?pvs=143
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Mado - Album by Beachside talks
Listen to Mado by Beachside talks on YouTube Music - a dedicated music app with official songs, music videos, remixes, covers, and more.
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3 months ago
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music.youtube.com/watch?v=aZqr...
あまりに季節に合っていないが良すぎるので聴きまくってる
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仮定した夏
YouTube video by Harumaki Gohan - Topic
https://music.youtube.com/watch?v=aZqr0Kc9Z60
3 months ago
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城輪アズサ
んげのらくがきおきば
3 months ago
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サリンジャー「バナナフィッシュにはうってつけの日」、「笑い男」(いずれも『ナイン・ストーリーズ』所収)読んだ。いずれも子どもへと語られる寓話が鍵になるのだけど、それが説話的な構造を持つことはなく、物語内でいかなる説明をもたらすこともない。作中の現実にかかわる多くの事柄は断片的に語られ、それもやはり統一的な物語をもたらすことがない。これもやっぱり子どもの目線、というより認識にかかわっているのではないか、と漠然と考えた。あの輝かしく、同時に鬱々とした時間(=少年時)のうちでは、価値付けや意味づけは否応なく偏って決して物語としての像を結ぶことがない。こうした語りのレベルでは、「成熟」が克服されている
3 months ago
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前々から気になっていた国木田独歩「武蔵野」をようやく読んだ。秋から冬にかけての東京郊外の風景を軽妙に描写しながら、その場所性をツルゲーネフ(の二葉亭四迷訳)の引用で強調する手管はかなり面白い。ここでは関東に特有(と国木田のいう)「落葉林の美」が、ロシア的大地=風景との二重映しで見出されている。こうした文章の多重化はまた第七章がはぼ友人の手紙の援用だったことにも認められると思う。あと最終章では〈郊外〉に固有の物語性、みたいな話が出てくるが、これは世紀末という状況を前提した時、100年後の文学を重ね合わせることもできるような気がする。
3 months ago
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『リリイ・シュシュのすべて』についてXに書いた感想を上げる。ここでは言葉/現実の二層について言及しているが、まあやっぱり重要なのが音楽の層なのは間違いない。鬱ロックっぽいリリイ楽曲、沖縄の民謡(?)、ドビュッシーは、言葉で作られたもうひとつの層を強力に補完する(=リリイだけが僕にとってリアル)ように見えるが、じつのところそれは殺伐とした現実を言葉の層に繋ぎ止める蝶番でもあるような気もする。本作においてエーテルは感性を媒介するものとして説明されるけど、青猫の存在はその「媒介」が天使的(非身体的)な殺伐さを呼び込むことを端的に示している
3 months ago
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logue / 鳴花ミコト
YouTube video by rinri
https://youtube.com/watch?v=K2JI6FbA3gg
3 months ago
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note.com/wheelfort/n/...
まとめとして書きました 2025年が終わる前に(個人的に)語っておくべき同年のコンテンツ三つについて素描的に書いています 新年のお供にぜひ……!!
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【時評】オルタナ・ガルクラ・実写秒速──2025年の一断面|城輪アズサ
はじめに 今年も終わるので総括的な記事を書こうと思い、noteのアプリを立ち上げた。2025年12月31日。現在時刻は8時35分。年明けまでに書き終わるかは分からないが、とにかく進めてみることにする。 2025年。色々なことがあったような気もするし、何ひとつ進展がなかったような気もする。元々このnoteは映画についての時評を(伊藤計劃にならって)上げていくつもりで開設したのだが、それでいえ...
https://note.com/wheelfort/n/nebfe50df11fd
3 months ago
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pluralpainpacks - Album by TIDAL CLUB
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3 months ago
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今更ながら『ナミビアの砂漠』を見た。公開当初の宣伝とか需要のされ方から勝手に今泉力哉とか松井大悟とかの雰囲気を感じ取って身構えていたのだが、自己言及的な側面がかなり強く、かなり血が通っているという感じがあった。聖化されることのない精神疾患に代表されるいくつかのモチーフはこう言ってよければ「現代的」なサブカルの「気分」に対する自己言及として機能していると思う。その点で今泉とか松井に対しては異質なのだが、むしろ文化全体に対しては誠実という感じはあるのかもしれない、とか
3 months ago
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プライムで配信が終わるそうなので今更ながらダリオ・アルジェントの『サスペリア』を見たが、かなり面白かった。赤を基調とした鮮烈な色使い、接写に象徴される大胆なカメラワーク、そして身体が切り裂かれることへのオブセッション。ホラー/サスペンスの初期衝動みたいな映画だと思う(なんか陳腐な感想な気がするが、そう思ったのだからしょうがない)。あとシンセをベースにした音楽も良かった
3 months ago
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Kakuu Seikatsu - Album by kinoue64
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3 months ago
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c.bunfree.net/c/kyoto10/54...
こちらでも宣伝…… 1/18の文学フリマ京都10に出店します(G-51) サブカルャー批評誌〈過視〉の創刊号を販売する予定です、ぜひ!
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[文学フリマ京都10・評論・研究|アニメ・マンガ・ゲーム] SRM
文学フリマ京都10(2026/1/18(日) 12:00〜)の【SRM】(評論・研究|アニメ・マンガ・ゲーム)をチェックしてみよう!
https://c.bunfree.net/c/kyoto10/54643
3 months ago
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放置してたインディーオルタナっぽいやつをいくつか聴いているが、羊文学の影響が強すぎるだろ……という気持ちになった。好きだからいいけど(あるいはもっと上位のジャンルからの影響なのだろうか?)
3 months ago
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Kids Return - Album by kuni
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3 months ago
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note.com/net_stones/n...
一応こっちでも上げておく 上京(者)の物語としての『ガルクラ』を戦後の犯罪史/音楽史のあるポイントと併せて読む……みたいな論考です。やたら長い(というか、わりと混乱のなかにある代物)ですがぜひ
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ガルクラオルタナティブ──〈上京〉の精神史に小指を立てるために|net stones
Writer:城輪アズサ 本稿は2025年5月の文学フリマ東京で初頒布された『ブラインドvol.3』に掲載された論考「ガルクラオルタナティブ──星々の振り子 『ガールズバンドクライ』/トゲナシトゲアリと「上京」をめぐる長い試論」を全面改稿したものになります。 『ガルクラ』との出会いは、自分にとってひとつの事件だった。ロックとはある種の渇望や衝動に形を与えるものだ、という言い方があるが、こ...
https://note.com/net_stones/n/n422396eca449?sub_rt=share_b
3 months ago
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Hokorobi - Album by Beachside talks
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3 months ago
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「芸術家が作品について当の作品以外のことを語るのを拒む場合にも、受容者の側には語るべきことがあるということ、──黙って観照することはできないということ──、それが批評家の存在理由である。批評家をこう定義することができる。批評家とは、すべてが語られてしまったときにも依然として語るべき何かを有している人間であり、作品について作品以外のことを語りうる人間である、と」(エマニュエル・レヴィナス(合田正人訳)「現実とその影」(『レヴィナス・コレクション』p.303))
3 months ago
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Hoshi Denki - Album by SleepInside
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3 months ago
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『1984年』を再読していた。最初に読んだのは高2くらいの時だったのだが、あのころは本当に何も読めてなかったのだなと痛感する。たえずなにかを思い出そうとするウィンストンの身振りと運命は、まさに未来=歴史の終わりにおける革命のイメージを体制に簒奪された後の革命のイメージを産出することの困難さを示している。そして肝要なのはこの「過去」がきわめて個人的である種の生活保守性をたたえているという点で、これが集団的なものになった瞬間に、その理念は植民地経営に支えられた近代英国の帝国主義を是認するものになってしまう。かつて植民地支配の現実を目の当たりにしたオーウェルがそこに逃げ込むことはできない
4 months ago
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ようやく実写【推しの子】の劇場版を観た。PLANETSの座談会で吉田さん(だった気がする)が指摘していたように、実写版は原作よりも徹底して時事性を高めているのだけど、本作においてそれを一手に担う二宮和也はその役を全うしていたと思う。というか原作のもつ戯画的なアプローチを前提にしたシニカルさ(時事性の「雰囲気」を強調すること)がまったく肌に合わなかったので、そういうやり口はそれなりに好きではある(もちろん、コンテンツを突き抜けてなにか広範なコンテクストを読むことがはらむ倫理的問題には注意すべきだが)。
4 months ago
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城輪アズサ
杉田俊介
4 months ago
note.com/sssugita/n/n...
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覚え書ひとつ(山上徹也の革命……だが……)|杉田俊介
10月に山上徹也被告の裁判員裁判が奈良地裁で始まった。わたしは『7.8元首相襲撃事件を考える』でインタビューを受け、「山上徹也の革命……だが……」(「対抗言論」3号)を書き、関連書の書評もいくつか書いた。しかしやはり事件に真に向き合うには、この国の近代史/戦後史の政治神学的な根源にまで遡行することの必要を感じる。その困難を感じる。 裁判の過程を通して、山上徹也被告の言葉が一貫してあまりに論理的...
https://note.com/sssugita/n/n0b89bf28296f?sub_rt=share_pw
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Remind Blue
YouTube video by JIN - Topic
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4 months ago
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空木春宵「感応グラン=ギニョル」、いわゆる直球の奇想って記憶の限りはじめて読んだけど、絢爛な文体が目に楽しくてけっこう好きだった。三人称を〈〉で撹乱する夢小説的な仕掛けもSF的だし。ただけっこうシニカルなところもあって、作中で欠損した少女たちが演じる「拡張現実的な」演劇(ハクスリーの「感覚映画」みたいなやつ)があくまでも(われわれにとって)虚構の仕掛けに留まることで、読み手は安全にその残酷な美しさを享受することができるという構造になっている。ここで文体は、むしろ表現内容から読み手を保護するものになっていて、あらゆる痛みや苦しみがまるっきり了解可能なものになっているということ。
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すべてを容易に見間違え、聴き間違えてしまう証人=目撃者の無力において、しかし光と音が与える拷問と受苦のなかで、死者に「似る」こと。そのとき映画は観客の上に折りたたまれ、見逃すことは見届けることのひとつになり、聴き逃された者たちの沈黙は、受苦する私たちの開かれた口のなかで自らの叫びを持つだろう。私たちの身体はそこで、みずからの輪郭を失いながら、死者たちの方へと完全に溶解することがない。なぜなら私たちは、さしあたりいまは受苦を生きているからだ。もはや「私」とは呼びえぬ私の身体のうちで、受苦する基胎が生きているからだ(平倉圭『ゴダール的方法』p.306)
4 months ago
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化鳥、あまりに天使のたまごすぎる。鏡花をちゃんと読むべきなのかもしれない
4 months ago
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www.seidosha.co.jp/book/index.p...
いつか腰を据えて読みたいとずっと思っているのだけど、なかなか時間が取れずにいるな
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青土社 ||現代思想:現代思想2023年12月号 特集=感情史
https://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3874
4 months ago
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『天使のたまご』は押井守の総決算というか起源みたいな作品で、その主軸は超越性みたいなものを信じる少女(=鳥)と自分を見失った男(=犬)の二分法にあるのだけど、そのふたつは微睡むような「半目」の擬似太陽にまなざされていて、世界全体が微睡の中に、すなわち白昼夢のうちにあることを示している。それはまた実体のない魚影というモチーフでもって「水槽」として描き出される。ここには揺らぐイメージ(具象)の否定形、幽霊的な佇まいがあって、あらゆるものはつねにすでに不在のものにされている。廃墟の夢。それは言明されるように「鳥の夢」で、超越性それ自体が予感のままに留まった、静止した廃墟にほかならない
4 months ago
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谷崎潤一郎の「秘密」、勧められたので読んだがかなりよかった。けっこう散乱しているところがある気もするし(人生に退屈していることと異性装と密会は絶妙に断絶している印象がある)、谷崎自身は東京の迷路的な部分を描きたかったような気もするのだが、異性装パートが精細で、そこだけで満足した。偶然衣服(つまり、表皮)を見かけたことで語り手はそれに圧迫され締め付けられること(「秘密」をつくりだすこと)を欲望するようになるのだけど、しだいに語りは表皮においてなされるようになる。自分に重ねられたイメージ(表象=表皮)こそが本体になって、そこで語り手は(自意識のうちで)「敗北」する。そのことの是非はあろうが……
4 months ago
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