読書wanwan
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好きな文章、気になる文章をここに集めてます。(Threads:
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では本にまつわる話を投稿中)
【文章収集】 「それで今年は誕生日をやってみることにした。」 (津村記久子「誕生日の一日」、『うそコンシェルジュ』新潮社、2024、所収、p.53)
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【文章収集】 「旅でふしぎに印象に残る時間は、都市の広場に面したカフェテラスで何もしないで行き交う人たちを眺めてすごした朝だとか、海岸線を陽が暮れるまでただ歩きつづけた一日とか、要するに何かに有効に「使われた」時間ではなく、ただ「生きられた」時間です。」 (見田宗介『社会学入門』岩波新書、2006、p.32)
1 day ago
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【文章収集】 ストーナーは英文学の講義でシェイクスピアの73番目のソネットの朗読を聞く。それが意味するところが何であるかは言葉にできないが、そこに何かを感じる―― 「ウィリアム・ストーナーは、自分がしばしのあいだ息を詰めていたことに気づいた。そうっと息を吐き、肺から空気が出ていくにつれて服が少しずつ皮膚の上で動くのを意識する。」 (ジョン・ウィリアムズ『ストーナー』東江一紀 訳、作品社、2014、p.15)
3 days ago
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【文章収集】 「ラレレ、ラレレ、ラレレ、 あるいは生は美しいのかもしれない、無に等しいほどに 」 「細い通りをたどること 」 「水たまりのほとりではどの猫も違った跳ね方をする 」 「小さな停車駅のまなざし ユルゲン・フックスにおける記憶の方眼紙 」 ヘルタ・ミュラー『いつもおなじ雪といつもおなじおじさん――ヘルタ・ミュラー エッセイ集』新本史斉訳、三修社、2025年、の目次からいくつか引用した。
4 days ago
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【文章収集】 「ようやくあとがきを書くところに漕ぎつけた。まったく途中で死なないでよかったという感じである。」 (新関公子「あとがき」より、『東京美術学校物語――国粋と国際のはざまに揺れて』岩波新書、2025、p.245)
5 days ago
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【文章収集】 「そこへはむかし同様鉄道で行きたいと思っていた。飛行機で、あるいは車で行けばやはり町は相貌を変えてしまう。電車で、それだけの時間をかけて、町のおもかげを胸のうちで反芻しながら近づいて行くのでなければならない。」 (山田稔『別れの手続き――山田稔散文選』(大人の本棚)、みすず書房、2011、p.118)
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【文章収集】 「本を読み終えたら文章を抜粋する。その部分をカメラで撮っておくこともあれば、一文一文、メモアプリに書き写すこともある。書き写す場合、ゆうに一、二時間はかかるけれど、作業を終えるたびにひとり味わう達成感は格別だ。そうやって抜粋に力を入れていると、ふと、自分は文章を収集するために本を読んでいるのだろうか、と思うこともある。 できることなら、良い文章を一文たりとも逃したくない。」 (ファン・ボルム『毎日読みます』牧野美加訳、集英社、2025、p.93)
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【文章収集】 「私たちの関係で彼が好きだったのは、と彼は言っていた、私たちが決して他の人々や私たち共通の知人について話さないことだった。彼に言わせれば、私たちは駅のプラットホームで出会う旅行者のように話し合っていた。」 * 彼とはサルトルのこと。 (フランソワーズ・サガン『私自身のための優しい回想』朝吹三吉 訳、新潮文庫、1995、p.153)
10 days ago
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【文章収集】 「仕事か遊びか、労働か余暇かといった二者択一が問題なのではなく、同じ行為がどういうきっかけで愉しみになり、どういうきっかけで労苦になるのか、その展開軸を見さだめることが必要である。」 (鷲田清一『思考のエシックス——反・方法主義論』ナカニシヤ出版、2007、p.280)
11 days ago
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【文章収集】 「私の祖母が私の襦袢にポケットを縫いつけ、その中に入れてくれた金であった。祖母は言ったのである――都にゆけばじき冬になる。都の冬には新しいくびまきが要るであろう。いなかの店のくびまきは都の娘子衆のくびまきに見劣りのすることは必定(ひつじょう)であろ。この金で好いた柄のを買いなされ。」 (尾崎翠『第七官界彷徨』河出文庫、2009、p.21)
12 days ago
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【文章収集】 「「こいさん、頼むわ。――――」 鏡の中で、廊下からうしろへ這入(はい)って来た妙子を見ると、自分で襟を塗りかけていた刷毛(はけ)を渡して、其方(そちら)はみずに、目の前に映っている長襦袢(ながじゅばん)姿の、抜き衣紋(えもん)の顔を他人の顔のように見据えながら、 「雪子ちゃん下で何してる」 と、幸子はきいた。 「悦ちゃんのピアノ見たげてるらしい」」 * 読み進めていくと、この日は、昭和11年(1936)11月8日(日曜日)であることがわかる。 (谷崎潤一郎『細雪(上)』、新潮文庫、1997、p.5)
12 days ago
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【文章収集】 「去年から、ジョーは頭の中である壮大な計画を立てていた。この一生に読んだ小説の物語をもう一度読み直し、すべての物語をつないでいこうというのだ。そうすれば本を手に取っただけで、ひとつの物語からべつな物語へと停まることなく渡っていける。」 (残雪『最後の恋人』近藤直子訳、平凡社、2014、p.16)
13 days ago
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【文章収集】 「こんにちでは誰しも死の判定といえばすべて医学の問題として疑わない。しかし、明治以前は死の判定は家族がしていた。文化人類学者の波平恵美子によると、「通夜」というのは死者を悼むためだけのものではなく、死者が生き返ってこないかどうかを確認するためのものであったという。」 (立川昭二『昭和の跫音』筑摩書房、1992、p.42)
14 days ago
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【文章収集】 「建築もそこにいることがただ気持ちのいいものでなければ意味がない。」 (松家仁之『天使も踏むを畏れるところ(上)』新潮社、2025、p.222)
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【文章収集】 「おとなになると、周りはすでに見知った「何か」ばかりであり、いったん「何か」として分類してしまえば、それ以上きちんと見ようとしない。」 (齋藤亜矢『ヒトはなぜ絵を描くのか――芸術認知科学への招待』岩波科学ライブラリー、2014、p.89)
16 days ago
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【文章収集】 「十一月自体が秋から冬に向かう旅だと考えてもいいかもしれない。いながらにしての旅。移動するのは自分ではない。周囲の世界全体が冬に向かって旅をしているのだ。空は高みを増し、空気は新しくなる。花の色は薄く変わり、街や人はほかの季節より穏やかな色に包まれる。」 (西崎憲「跋」より、西崎憲編『11月の本』国書刊行会、2025、p.267)
17 days ago
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【文章収集】 「定家明月記私抄」を雑誌「波」に連載していた(1981〜)頃の父・堀田善衛について―― 「定家さんは独自な漢文、父は読み下すのに本当に四苦八苦していました。教養がないと嘆き、「明月記わからん帳」というノートを作り、一言一句を理解するのに三日も四日もかかり、それが定家さんの当て字だったりすると、もう啞然、茫然、どっと疲れていました。当然機嫌も悪くなります。それが三年四ヵ月続きました。その後休筆をはさんで、日本において書かれた続篇〔正篇はバルセロナで書かれた〕、二年三ヵ月も併せれば、約八年です。」〔 〕内は引用者注。 (堀田百合子『ただの文士』岩波書店、2018、p.164)
18 days ago
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【文章収集】 「雑談らしさとはどういうものか、その雰囲気はどのようにしたら生み出せるのか。(中略)発話の中で明確な意味を担う〈実質語〉を抑えて、「あれはどうなん?」「それいややわ」という〈指示語〉を多用するという試みである。意味内容が明確すぎると、その内容に引きずられすぎて、目的指向のキカイキカイしたやりとりに戻ってしまう。」 (岡田美智男『弱いロボット』(シリーズ ケアをひらく)医学書院、2012、p.33)
19 days ago
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【文章収集】 「路上のカフェは、都会のみに特有な状況を生み出す。つまり、そこは衆目のなかで合法的に腰をおろし、移りゆく世界をのんびり眺められる場所である。」 (C. アレグザンダー他『パタン・ランゲージ――環境設計の手引』平田翰那訳、鹿島出版会、1984、p.227)
20 days ago
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【文章収集】 「草葺きの襤褸屋根を通過して、屋内へ光が、幾本もの線状になって漏れていた。皆が眠りにつくなか、静けさを破らぬようゆっくりと半身を起こし、一人呆然とそれを見つめる。 夜遅く上り始めた月は、深更、山間の小さな苫屋の屋根にも、その清明なまなざしを、皓々と降り注いでいたのだった。このように不意に目覚めることのなければ、私自身最後までそれに気づかずにいて、また誰一人気づくものもいない、ただただ無心に漏れ来る光の林よ。」 (梨木香歩『海うそ』岩波書店、2014、p.125)
21 days ago
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【文章収集】 「作業場の壁にコーネルは床から天井まで棚を作り、彼が言うところの「原材料」の膨大なコレクションを並べた。ファイル・キャビネットのかわりに所蔵物を茶色の段ボール箱に入れて整理し、「切手」「地図」「デューラー」といったようなラベルを貼った。フォルダーもあって、いずれ作品のなかで追求したいと思うモティーフが入っていた。」 (デボラ・ソロモン『ジョゼフ・コーネル――箱の中のユートピア[新版]』林寿美、太田泰人訳、白水社、2022、p.183) * ジョゼフ・コーネル(1903-1972)。収集してきたさまざまな素材を箱の中に入れた作品をつくった。
22 days ago
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【文章収集】 「ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路だった。どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並や通りを詳しく知るようになっても、彼はつねに迷子になったような思いに囚われた。」 (ポール・オースター『ガラスの街』柴田元幸訳、新潮社、2009、p.4)
23 days ago
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【文章収集】 「セーターの中は予想外に暗かった。」 (レイ・ヴクサヴィッチ「セーター」、『変愛小説集』岸本佐知子編訳、講談社、2008、p.59)
24 days ago
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【文章収集】 「彼の場合、幸福はごく僅かなことに尽きるのだった。すなわち、町を散歩すること、街路を歩くこと、疲れたら道端に腰を下ろすこと。」 (アゴタ・クリストフ「街路」、『どちらでもいい』堀茂樹 訳、ハヤカワ文庫、2008、所収、p.113)
25 days ago
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【文章収集】 著者の父が亡くなり、銀行の窓口に相続のことで問い合わせに行くと「では、こちらでお待ち下さい。何時間お待ちいただくかわかりませんけど」と言われる―― 「わたしもそこそこ生きてきて学習している。怒ったら負けなのだ。」 (益田ミリ『永遠のおでかけ』毎日文庫、毎日新聞出版、2021、p.103)
26 days ago
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【文章収集】 「『ゴルトベルク変奏曲』の話題に及ぶと、彼は自分の財布から第二十一変奏のコピーを取り出して見せてくれた。彼はそのコピーを持ち歩いているのだ。多くの言葉はなくとも友情が生まれた。」 * 彼=調律師、ヘルムート・クレム。シャオメイのピアノの調律を引き受けることに決まって、最初の出会いのときのこと。 (シュ・シャオメイ『永遠のピアノ――毛沢東の収容所からバッハの演奏家へ』大湾宗定ほか訳、芸術新聞社、2015、p.316)
26 days ago
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【文章収集】 「銭湯では体の垢を落すというのはほんの手続きみたいなもので、あの桶の音がコーンと響く空間にひたりに行く」 (尾辻克彦「風の吹く部屋」、南陀楼綾繁 編『中央線小説傑作選』中公文庫、2022、所収、p.165)
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【文章収集】 「誰にも何も期待しないと、とても生きやすくなる。」 (中島義道『観念的生活』文春文庫、2011、p.215)
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【文章収集】 「当たり障りのないことしか言わないと決めて、というよりむしろ自然にそうなってしまって、以来人と会うことがそう苦痛でなくなってからもうずいぶん長い歳月が経つ。」 (松浦寿輝『不可能』講談社、2011、p.59)
30 days ago
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【文章収集】 「十月✕日 少しばかりのお小遣ひが貯つたので、久し振りに日本髪に結ふ。 日本髪はいゝな、キリヽと元結を締めてもらふと眉毛が引しまつて、たつぷりと水を含ませた鬢(びん)出しで前髪をかき上げると、ふつさりと額に垂れて、違つた人のやうに美しくなる。 鏡に色目をつかつたつて、鏡が惚れてくれるばかり。日本髪は女らしいね。こんなに綺麗に髪が結べた日にやあ、何処か行きたい汽車に乗つて遠くい遠くい行きたい。」 (林芙美子『林芙美子 放浪記』(大人の本棚)、みすず書房、2004、p.128)
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【文章収集】 「わたしは部屋をめぐる四十二日間の旅を企画し、実行した。」 (グザヴィエ・ド・メーストル「部屋をめるぐる旅」、『部屋をめぐる旅 他二篇』幻戯書房、2021、所収、p.9)
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【文章収集】 「君の姿が見えなくなり、すべての物音が遠のいてしまってからも、私はしばらくそこに一人で立ち、君があとに残していった気配を無言のうちに味わっている。」 (村上春樹『街とその不確かな壁』新潮社、2023、pp.64-65)
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【文章収集】 「高島屋を出た後でわたしたちは四条河原町の喫茶店に入り、だらだらと時間をつぶしたように思う。もうしゃべることはつきたのに、妙に別れがたい気分なのであった。」 (山田稔『生の傾き』編集工房ノア、1990、p.127)
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【文章収集】 「本を読むということは、結局のところ、ことばをおぼえることでいいのだ。本に何が書いてあったかというのは、意外と記憶に残らないものなのである。だとするなら、一冊の本を読む、その中のことばを一つ、こころに掛ける。これで十分かもしれない。本の中身に気がねをすることはない。本は中身だけでなく、ことばでできているものなのだ。」 (荒川洋治『人気の本、実力の本』五柳書院、1988、p.40)
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【文章収集】 「百科事典と文学全集と動物図鑑と六法全書を項目ごとにばらして、混ぜて、大きな箱に入れたようなしろもの。それを、電話という手段で、一人一枚ずつ引かせる。」 (池澤夏樹『真昼のプリニウス』中央公論社、1989、p.18)
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【文章収集】 「いったい何時になったのだろうと私は考える。汽車の汽笛が聞こえてくる。それは近く、また遠くから聞こえ、ちょうど、森のなかで一羽の鳥が鳴いたときのように、あいだに横たわる距離を際立たせ、旅人が近くの小駅に急ぎ足で歩いてゆく荒涼とした平原の広がりを私に感じさせた。」 (プルースト『失われた時を求めて1』高遠弘美 訳、光文社古典新訳文庫、2010、p.24)
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【文章収集】 「新聞を持ってこい、 ハサミを手に取れ。 新聞から記事をひとつ選べ。 君の詩にあたえたい長さの記事だ。 次に、この記事を構成する単語をひとつずつ、 念入りに切り取って袋に入れろ。 袋をやさしく振ってみろ。 切り取った単語をひとつずつ取り出して、 袋から出てきた順番に、 注意深く書き写せ。 君によく似た詩ができあがるだろう。 今や、君はかぎりなく独創的な作家なんだぞ。 俗人には理解されなくても、魅力的な感受性をもった作家というわけだ。」 書誌データはスレッドで。
about 1 month ago
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【文章収集】 「今日ではすべてが過去に沈んでしまった。そして私は秋になってしめやかな日に庭の木犀(もくせい)の匂を書斎の窓で嗅(か)ぐのを好むようになった。 私はただひとりでしみじみと嗅ぐ。そうすると私は遠い遠いところへ運ばれてしまう。 私が生れたよりももっと遠いところへ。そこではまだ可能が可能のままであったところへ。」 (九鬼周造「音と匂――偶然性の音と可能性の匂」、『九鬼周造随筆集』菅野昭正編、岩波文庫、1991、所収、p.148) * 「可能が可能のまま」は、同書の「偶然と運命」というエッセイでも触れている。
about 1 month ago
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【文章収集】 「省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。 市場で買い物をして、その帰りには、かならず駅に立ち寄って駅の冷たいベンチに腰をおろし、買い物籠を膝に乗せ、ぼんやり改札口を見ているのです。」 * 省線: 国鉄以前、鉄道省時代の路線のこと (太宰治「待つ」、『新ハムレット』新潮文庫、1974、2009改版、所収、p.352)
about 1 month ago
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【文章収集】 ――アルトゥーロとエリデは共働きの夫婦。朝、エリデが出かけるとき、アルトゥーロは夜勤から帰ってきたばかり。アルトゥーロがエリデを見送る。 「ひとりアルトゥーロが残る。エリデのヒールが階段を駆け降りる音を耳で追ってゆく。そして彼女の気配が感じられなくなると、今度は心の中で、小走りに中庭を抜け門をくぐり舗道に出て路面電車の停留所にたどり着くまで、彼女の姿を追いかけてゆくのだった。」 (カルヴィーノ「ある夫婦の冒険」、『むずかしい愛』和田忠彦訳、岩波文庫、1995、所収、p.180) スレッドでさらに引用します。
about 1 month ago
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【文章収集】 「父はよく一人旅をした。秋が多かった。秋ばれの空が澄んで海の向こうの中国地の山やまがくっりと見える夕方に、少し早めに仕事をおえて、家に帰ってきて手足をあらい、母に他所(よそ)ゆきの着物を出させ、古びた中折帽をかぶって、「ちょっと出てくるから」と、行き先も言わずに出ていくのである。(中略)西の方へ下っていったときには宮崎県までいったことがあり、東の方へいったときには日光までいったことがある。」 (宮本常一『民族学の旅』講談社学術文庫、1993、pp.38-40) スレッドでさらに引用します。
about 1 month ago
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【文章収集】 「南行きの列車に乗っている。線路が足の下へ呑み込まれていき、窓がかたかた鳴る。列車は列島をのろのろ進み、線路の両側には海が広がる。(中略)インド洋と太平洋が半島の両側から迫る、世界一細い半島のいちばん幅の狭いところを通っていく。」 (ラッタウット・ラープチャルーンサップ「観光」、『観光』古屋美登里訳、ハヤカワepi文庫、2010、所収、p.94)
about 1 month ago
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【文章収集】 「イスタンブールの通りを歩くこと。建物や家、通路や商店に入り組んだ狭い通りを辿り、地下や地上、階段を下りたり、角を曲がったり、狭い市場や路地を通り抜けたりする。橋の上、または下を歩くこと。(中略)路面電車の線路と石畳のカーブに沿って歩き、ワインを売っている屋台で足を止め、カウンターの前に立ち、店員の頭上のテレビ画面でサッカーの試合を見た。(中略)街の渦の中に、そっと滑り込む。街に消える。群衆の中でのこの孤独。これよりよい孤独はない。」 (トマス・エスペダル『歩くこと、または飼いならされずに詩的な人生を生きる術』枇谷玲子訳、河出書房新社、2023、pp.223-224)
about 1 month ago
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【文章収集】 「いまは茅葺(かやぶ)き屋根に蓬(よもぎ)の窓、素焼きの竈(かまど)に縄で作った寝床という貧乏暮らしだが、朝な夕なに風はそよぎ露は結び、階(きざはし)に柳はしだれ庭に花咲くわけだから、万感の思いをこめたわたしの文章を滞らせるものもない。」 (曹雪芹『新訳 紅楼夢 第一冊』井波陵一訳、岩波書店、2013、pp.1-2) * 曹雪芹は「そうせっきん」と読む。
about 1 month ago
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【文章収集】 「十月二日。午前驟雨来る。天候猶穏ならざりしが日暮に至り断雲の間に一抹の晩霞微紅を呈するを見る。今宵は中秋なれど到底月は見るべからずと、平日より早く寝に就きぬ。ふと窓紗の明きに枕より首を擡げて外を見るに、一天拭ふが如く、良夜の月は中空に浮びたり。起き出でゝ庭を歩む。(中略)いつか夜半の鐘声きこえたれば、家に入り、此の記を書きつけて眠につきぬ。」 * 大正14年10月2日の日記。 (永井荷風『断腸亭日乗(一)』中島国彦、多田蔵人 校注、岩波文庫、2024、p.346)
about 2 months ago
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【文章収集】 「時間に追われている人間には、夜が親しく近づいてくるときのあの濃い緻密な闇の微粒子の甘美な味わいを知ることはできない。それは落日のあと、夕映えが雲に消えてゆく頃、すみれ色の優雅な衣装をまとって、公園や歩道や裏庭に忍び寄ってくるのだが、もしその味わいを知る人なら、その一と時を、他のことに取りまぎれて忘れることなどは到底不可能であろう。」 (辻邦生『情緒論の試み』岩波書店、2002、p. 237)。
about 2 months ago
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【文章収集】 「或る夕方、雨がやってきた。 私は窓にもたれて、その雨の色が見えなくなるまで外の景色を眺めていた。すっかり暗くなったとき、雨は勢いを得たように繁く降りだしていた。それでも私は雨戸を閉めてしまうことが惜しいように外を眺めていた。」 (結城信一「螢草――柿ノ木坂」、結城信一『セザンヌの山・空の細道』講談社文芸文庫、2002、所収、p.22)
about 2 months ago
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【文章収集】 「彼女は野球のボールほどのクリスタルグラスを手渡してくれた。「バカラのものよ。〈白バラ〉という名前」 それはすばらしい、気泡一つない、澄みきったカットグラスの文鎮で、飾りはただ一つだけであった。緑の葉をつけた純白のバラが一つだけ中央の底に沈んでいた。」 (カポーティ「白バラ」、トルーマン・カポーティ『犬は吠える1 ローカル・カラー/観察記録』小田島雄志訳、ハヤカワepi文庫、2006、所収、p.31) *「彼女」とは、フランスの作家、コレット スレッドで続けます。
about 2 months ago
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【文章収集】 「搭乗ゲートの待合室から乗り継ぎの待合室、ある飛行機から別の飛行機へ、さらに別の飛行機へと、二年間放浪し続けた。世界中を。」 (ルイサ・バレンスエラ「旅」斎藤文子訳、『旅のはざま』(世界文学のフロンティア1)、岩波書店、1996、所収、p.23)
about 2 months ago
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【文章収集】 「老画家汪佛(わんふお)とその弟子玲(りん)は、漢の大帝国の路から路へ、さすらいの旅をつづけていた。 のんびりした行路であった。汪佛は夜は星を眺めるために、昼は蜻蛉(とんぼ)をみつめるために、よく足をとめたものだ。二人の持ち物はわずかだった。汪佛は事物そのものではなく事物の影像を愛していたからである。」 (ユルスナール「老絵師の行方」、マルグリット・ユルスナール『東方綺譚』多田智満子訳、白水uブックス、1984、所収、p.7)
about 2 months ago
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