日記に8月、と書いた後にすでに9月だったことに気付く。わたしの8月は過ぎていった。夏は得意とは言い難いがやはり好きなのだろう。夏の雲は存在の姿そのものなのではないかと思う。エミリ・ディキンスンの詩「夏の空を仰ぐこと それは詩だ」という作品が体験として入ってきた夏だった。ところで、夏の空を"see"、は「見る」「眺める」など様々に訳が考えられるけれど、この詩では仰ぐと訳したくなる。どこか尊ぶようなー しかしただ真直ぐ「見る」とするのもまた、主客の素朴かつ直接的な結びつきがあるようで良い。訳詩は、詩を詩にするところがどこまでも難しく、また知性と美的直観との究極の営みのようにも思える
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