創業時からメセナ的精神により、地元画家のパッケージ起用や児童詩誌の後援をしていた帯広千秋庵(77年に「六花亭」に社名変更)のホワイトチョコが、旅行ブームで70年代半ばに一躍全国区になる。大人漫画家として活動していたやなせたかしが編集長として73年に「詩とメルヘン」を創刊し(同年に絵本「あんぱんまん」も刊行)、抒情詩画の登竜門となり初期はおおた慶文や東逸子などを輩出する。77年に岡山の中学生だった、のちにキュレーター・作家となる原田マハがそこに何か繋がりを感じたのだろうか
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8 days ago