同じ著者の『日本語ラップ名盤100』を拾い読みしていたら、LowPassの『Mirrorz』のページでもチャールズ・カイルの「参与的不一致」が持ち出されていた。ベタ褒めはいいとして、この言葉が『日本語ラップ』や原典とは微妙に違う意味で捉えられている気が。
〈ある規則性によってリズムが生まれ、そこからズレた別のリズムがいつしか規則性をもちはじめ、相互の規則性が呼応し合い、またさらに…といった生成的な営みがグルーヴなのだ、と。その意味でLowPassのこの奇跡的な一枚において、ビートとラップはいうまでもなく、リリックそれ自体すらもグルーヴして踊っているのである〉
add a skeleton here at some point
29 days ago