在日朝鮮人二世である徐京植が2000年代に『ディアスポラ紀行』でこのように書き記していた内容を2026年のいま知ること
"ナショナリズムを超えるということは、「先進国」という安楽な場所で、「先進国」人としての既得権を疑いもなく享受しながら、他者をナショナリストと名指していればこと足りるのではない。被抑圧者が抵抗のためにナショナリズムを必要とする状況、被抑圧者をナショナリズムへと結集させている抑圧構造、それを克服するのでなければ、少なくともそれを克服しようという意志と方向性を欠いていては、その言説は、「ナショナリズム」をではなく、「抵抗」を無力化する力としてのみ作用するだろう。" p.67
3 days ago